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東海道五十三次, 岡崎宿から知立宿 その2 [東海道五十三次]

 1月22日に岡崎宿等を観光した後旧東海道を歩き、23日に知立宿に入りました。

 知立の松並木から国道1号線を斜めに横切ると知立市の街並みになります。

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 で、上の交差点から約500m入った所が前回レポートの慈眼寺です。

 旧街道を歩き、名鉄三河線の踏切を超え、1号線の交差点から1km強で「中町」と言う変則の6差路に到着します。
で、下写真の矢印方向に入るのが旧東海道です。
尚、本陣は矢印の左側の道を「中町」交差点から200m位行き、ウナギの今川屋さんの手前右奥に石碑が立っています。

6差路
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今川屋さんの所、矢印が本陣の石碑
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 戻って、中町の交差点から旧街道を100m弱、食品館前の駐車場の道路際に問屋場跡の石碑がありました。

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 更に中町の交差点から350mで、T字路の突き当りを右に曲がると「知立城址」の公園がありました。 知立城については右記を http://www.hb.pei.jp/shiro/mikawa/chiryu-jyo/
(このT字路の手前約50mの所に下記の山車の保管庫「蔵」があります。)

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 突き当りの「了運寺」の前を左に曲がり、155号線の地下歩道を抜けたら更にまっすぐ行くのが旧東海道の街道です。
 で、今回は右に曲がり200m、知立神社に立ち寄ります。
知立神社のホームページ http://chiryu-jinja.com/

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知立神社の本殿。
江戸時代天保2年(1831年)に再建された桧皮葺の立派な神殿です。
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多宝塔
室町時代後期の永正6年(1509年)の再建とされています。塔の高さは約14.5メートル、屋根は柿葺(こけらぶき;屋根に木材の薄板を敷く方法)だそうです。
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 知立神社境内で行われる山車の舞台の人形劇「山車文楽」がユネスコの世界遺産に登録されているのだそうです。 詳細は http://blog.chiryu-jinja.com/
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 知立神社の近くの山車の保管庫 「蔵」
「蔵」は旧街道沿いで中町交差点から300mの所です。
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「蔵」のシャッターに貼られていた写真。 一番下の人形劇が世界遺産かな?
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「蔵」の近くの掲示板に貼られていた写真
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 山車の出る知立祭りは五月2・3日ごろの様で、ぜひ見て見たい。
2016年の実績 http://www.chiryu-kanko.com/detail.html?id=52


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東海道五十三次,岡崎宿から知立宿 その1 [東海道五十三次]

 
 1月22~24日で岡崎宿から知立宿までを歩いてきました。

 と言っても1日目は岡崎で費やしてしまいましたので、23日がメインの東海道歩きでした。


 八丁味噌の「カク久」さんで食事後、国道1号線の矢作橋を渡り、矢作川の対岸から広重の絵の様に岡崎城の写真を撮ろうとしましたが、お城が小さく、望遠を利かすと今度は橋が大きくなりすぎ、下写真であきらめました。

 八丁味噌カク久さんの蔵
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 矢印下が岡崎城
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 で、橋のたもとの地下通路の様な道路をとおり、橋の反対側(上流側)の「日吉丸と蜂須賀小六の出会いの像」を見に行きました。 この橋のたもとで2人が出会ったと伝えられています。

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 出会いの像から少し行き、左に曲がると勝蓮寺です。 勝蓮寺は、家康の長男、信康と関係の深かったお寺さんの様で、信康の肖像画も保管されているとの事です。

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 勝蓮寺から約600m歩くと誓願寺の十王堂があった。
 建物の前には石碑に「浄瑠璃姫菩提所」と書かれている。 立札によると、寿永3年(1138年)3月、矢作の里の兼高(かねたか)長者の娘浄瑠璃姫が源義経を慕うあまり、菅生(すごう)川に身を投じたので、長者はその遺体を当寺に埋葬し、十王堂を再建して義経と浄瑠璃姫の木造(木像の事か?)を作り、義経が姫に贈った名笛薄墨と姫の鏡を安置した との事だそうです。

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十王堂内部には素晴らしい迫力満点の絵が描かれていました。
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 旧道を歩いてきたが安城街道入口の交差点で国道一号線に入り、勝蓮寺前から約2.5kmで安城市に入りました。 安城市に入ってすぐ国道1号線から旧道に入ります。

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 で、更に歩き安城市に入って約1kmで熊野神社に到着。 熊野神社の西隅に尾崎の一里塚があります。

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 少し休息をしながら更に1km程進むと「永安寺」があり、街道から見える位置に「雲竜の松」があった。 この松は幹が1m位の所から地を這うように伸びており、「雲を得て天に昇ろうとする竜」の様な事からその名前がついた様です。
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 雲竜の松の永安寺から数100メートルの県道76号線との交差点に明治川神社がありました。
この神社は明治時代にこの地区に大規模な灌漑用水を引いたことからこの用水の守り神として神社を建設したようです。
街道沿い、交差点の所の山門
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神社境内
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 明治川神社から3.5km小一時間で89番目の一里塚「来迎寺の一里塚」に到着しました。
この一里塚は南北(左右?)が正規の形で残っていますが、北側の一里塚は公民館に隠れ街道からは見にくい位置にあります。

北側奥から左右の2つの一里塚を撮影してみました。
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振り返る形で撮影してみました。 左右の塚の距離が広く、昔の東海道もけっこう広い通りだった事がうかがえます。
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 一里塚から約1kmの所に「衣浦豊田道路との交差点」があり、横断歩道橋を渡ると知立宿の松並木となります。 「衣浦豊田道路との交差点」から国道一号線との交差点までの約500mの間に松並木があり、木立の間の所々に池鯉鮒をイメージしたモニュメントが設置されていました。
 
 歩道橋から見た松並木で、黄緑矢印の所には「旧東海道三十九番目之宿 池鯉鮒」とあった。
 非常に変わった地名で、古代からこの地は「知立」「智立」と言われていた様で、その後鎌倉時代には「智鯉鮒」と書かれ、江戸時代には「池鯉鮒」が一般的だったそうです。

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松並木のモニュメント
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 松並木の最後は馬市の記念碑です。
 池鯉鮒の馬市は広重の浮世絵にも「首夏馬市」と題して描かれています。
池鯉鮒宿は木綿の集散地で馬が運搬に使われた関係から馬市が栄えたといわれています。
馬市は毎年4月25日から始まり5月の5日に終わったそうです。 宿駅の東の野(松並木付近)には4・500頭の馬がつながれ、馬の値を決める所を「談合松」と言ったそうです。 明治期に入ってからは慈眼寺境内に移り、昭和の初期には馬が牛に変わったものの継続され昭和18年を最後にその歴史が閉じられました。

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慈眼寺です。 松並木の終点の国道一号線を渡って約500m歩き、右に曲がって「山町」の交差点の所にあります。
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長くなりましたので、池鯉鮒宿(知立宿)と知立神社は次回にします。

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岡崎宿散策 [ 旅行 東海]

 昨年暮れと1月に東海道五十三次で岡崎宿を歩いたついでに岡崎公園を散策、又、できる限り郷土料理をと探し食べてみました。


 まずは岡崎公園の概況 (下マップは岡崎公園の公式サイトから)
岡崎公園のサイト  http://okazakipark.com/index.htm

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 「岡崎城下27曲がり」の内、国道1号線の田町角から東に歩き、1号線の歩道橋から岡崎公園の大手門(上マップ①)に向かいました。 ここの1号線には東京日本橋から327.5kmとあった。

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 で、公園に入ってすぐに12時。
鼓や笛の音が聞こえて来て、多くの方が集まってきて一斉に1方向を見ています。
 なぜ? なぜ??? と思い、
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 視線の先を見て見ると、ちょうど12時だった為にやぐらの上の「からくり時計が能の舞」(マップ⑧)を始めたのでした。 グ~~~ドタイミングでした!!!
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 能の舞を見た後、徳川家康公の銅像(マップ⑩)を見て岡崎城(マップ⑲)の裏側に、
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そしてお城の表側に。 左が岡崎城(マップ⑲)右が龍城神社(マップ⑱)
龍成神社にお参りして、御朱印帳に記帳して頂きました。
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 その後東照公の「えな塚」(マップ⑳)を見て更に「東照公産湯の井戸」(マップ⑫)を見てきました。
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 午後1時をはるかに回ってしったので食事をしようと、八丁味噌を使った料理を求めて味噌蔵のある中岡崎駅前に。 駅前には大正庵釜春本店がありましたが20人以上が席待ちで並んでおりパス。
 どうしようかとウロウロしているうちに八丁味噌を製造している「カク久」さんが「軽食をおこなっている」事を何かで見た事を思い出し行ってみました。
「カク久」さんのお店は愛知環状鉄道線のガード下の西側を駅から200m位歩いた所に駐車場と売店があり、売店の奥にレストランがありました。

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一番食べたかった「味噌煮込みうどん」が2月28日迄の季節限定の一品料理でした。
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左の様に料理が運ばれてきて、席でうどんを自分の好みの硬さに煮込みます。
右は、私がしょっちゅう起こす不手際、 だいぶ食べてしまってから「アッ!写真」
何はともあれおいしかった。
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 昨年末には岡崎公園内の「いちかわ」(上マップの⑮)さんで、岡崎地方の郷土料理「菜飯」と八丁味噌を使った「こんにゃくの田楽」を食べました。
菜飯は美味しかったが、田楽はこんにゃくが何となく水っぽかった。
水っぽく感じたのは関東育ちの私だったからかな??? 
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その他今回は天明2年(1782年)創業の「備前屋」さんの脇を通った事もあり備前屋さんの豆腐のお菓子?「あわ雪豆腐」をお土産に購入し宅配にすると共に個別に購入しホテルで食べてみました。
備前屋さんのホームページ
  https://www.bizenya.co.jp/catalog/awayukitofu.htm

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下写真は備前屋さんのホームページからお借りしました。
灰色の豆腐はゴマ豆腐に黒蜜、白い方は小豆餡です。 共に上品な味でおいしかった。
多分自由に食べられるとすれば10個位いっちゃうかも!
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 岡崎市は家康の故郷であり、町の大きさに比べ見所も多く、又、歴史ある食べ物もあり「心豊かにしてくれる街」でした。

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東海道五十三次,藤川宿から岡崎宿 その2(岡崎宿) [東海道五十三次]

 
 1月22~24日にかけて岡崎市内の観光と、岡崎宿から知立宿迄歩いてきました。
 で、今回は、岡崎宿(岡崎市内)をレポートします。


 岡崎宿内の東海道のポイントの一つは「岡崎城下27曲がり」。 前回のレポートはこの27曲がりの江戸側の始点と最初の曲がり角までをレポートしました。
 前回のレポート http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2017-01-19


 前回の記事では書き損ねましたが、27曲がりの最初のモニュメントの所には下の様な橙色の案内も立っていたのです。
最初の曲がり角のモニュメントの場所は「岡崎げんき館・岡崎市保健所」の南東の角です。
写真の様に、27曲がりの曲がり角は「い,ろ,は,に・・・」をたどって行けばいい様になっていました。

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で、2番目の曲がり角 「ろ」は両町3丁目の交差点
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3番目の曲がり角「は」は両町1丁目と両町2丁目の間の交差点です。
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「は」の交差点で右に曲がり、突き当りがガソリンスタンドの広い通りに出た所が「に」の曲がり角です。 そこから左に曲がり、広い通りをまっすぐに歩いて行くと伝馬町の交差点に出ます。 この交差点の南西角には1782年から続く「備前屋」さんがあります。

備前屋さんの脇には下写真の様な石像に支えられたベンチがあり、少し休ませて頂いた。
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 で、ここには道しるべが立っており、右の様な立札が立っていた。 立札に記されている様に東海道を歩いていると今でも道しるべは非常に重要な案内板で、道しるべを見て「あ~道は合ってた!」と思ったことは何度となくありました。

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 で、この伝馬町の通りの歩道には下写真の様な小さな石像が数多く並んでいた。 石像は20基だそうです。 この通りの2本北の通りは石屋さんが多く、江戸時代やその前に岡崎城や岡崎の街づくりの為に集められた石工さん達が住み着いた(店を開いた)通りです。
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 で、伝馬通り1丁目の交差点が27曲がりの内の「ほ」で、私の資料ではこの交差点の「北東角が映画館で西本陣の跡」とあったが映画館は無くキョロキョロしてしまった。
かろうじて右写真の様に黒い街灯の柱に「映画・・・」とあり、コンビニになっていた。

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 そして、27曲がりに沿って「岡崎信用金庫資料館」の前を通って、更には「籠田総門跡」のモニュメントを通過し、籠田公園前まで来ました。
 岡崎信用金庫資料館は大正6年「岡崎銀行本店」として、外観は赤レンガと花崗岩で建てられています。
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 昨年末はここまで歩き、岡崎公園内の「いちかわ」さんで食事をして帰宅の途に。

 そして今回は籠田公園から再開。
 日曜日とあって市内散策に大勢の方がくり出していました。
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この日の最初の27曲がりは籠田公園の北西の角(上写真の中央モニュメントの後ろ)でしたが、なぜか橙色の「いろはに・・・」のモニュメントが見つかりませんでした。 街道の27曲がりは赤信号の方に入っていきます。
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で、まっすぐ歩き「本町1丁目」交差点を過ぎて右側の路地を入って行き、突き当りを左に曲がります。 更に「材木町1丁目」の交差点を右に曲がり3ブロックほど歩き、更に左に曲がり「材木町3丁目」交差点を通過して、伊賀川迄歩き伊賀川に沿って手前の道を歩いて行きます。

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伊賀川は遊歩道など綺麗に整備されていました。
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 川沿いを歩き最初の橋(岡崎市図書館手前)を右に曲がり橋を渡ります。
橋を渡った所で、一番左の下り階段を下って行き、
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 2本目の路地を入りまっすぐ行くと下写真の 国道1号線の「27曲がり、田町角」に出ます。
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 ここまで来た所で、岡崎城等岡崎公園の観光に向かいました。
 その後、旧東海道歩きは中岡崎駅の高架下に戻り、矢作橋方向に歩きました。

 次回は岡崎公園と食事等をレポートします。

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東海道五十三次 藤川宿から岡崎宿 その1 [東海道五十三次]

 昨年末、御油宿から赤坂宿,藤川宿を経て岡崎宿近くまで歩いてきました。

 今回は、その内の藤川宿から岡崎宿の入り口迄をレポートします。

 前日は藤川宿の本陣を通過した所で、名鉄藤川駅から宿泊地の岡崎に行き宿泊。
翌朝藤川駅に戻り、北側の駅出口から陸橋を渡り、歩き始めました。

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 藤川駅北側ではこんなかわいい「飛脚さん」に競争しようかと挑まれ!
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 歩き始めて5分、前日の藤川宿の本陣跡から約500m,藤川小学校の体育館らしき建物の脇に藤川宿の西の棒鼻(宿場への入口)がありました。 

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そして更に100m位歩くと、左側個人宅の石垣の中に「藤川の一里塚」が生垣にうずもれる様に立っていました。 ここの一里塚は江戸から79番目,316kmです。

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 そして少し行くと東海道から三河湾に向かう「吉良道」の分岐がありました。 写真中央の石碑(電柱脇の四角い石柱)は文化11(1814)年建造の様で、この吉良道は参勤交代や海産物の搬入等東海道の脇道として重要な街道だったようです。
東海道は右の名鉄の踏切を渡り藤川の松並木に向かって行きます。

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吉良道の分技点で見えた名鉄の踏切を超えると藤川の松並木です。 ここの松並木は4・500mも続き御油の松並木と同様立派な物でした。

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 旧東海道の79番目の一里塚から1kmの所で国道1号線に出たました。 国道1号線には東京日本橋から321.6kmと表示されており、江戸時代の旧東海道では317kmの為、現代の東海道とは4.6km約1.5% の違いで誤差の内と言ってもいい位です。

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 国道1号線を1km強歩き竜泉寺川手前で左の路地に入り「美合新町」や「美合町南屋敷」の交差点を通る住宅街の道を1km弱、休息込で15分強、竜泉川の下流を渡りました。
 更に田んぼの中を5分弱歩き「乙川」の川岸に着き、乙川の川岸を少し上流に歩き、国道1号線の橋を渡りました。

 1号線の「大平橋北」交差点の手前の路地を左に入り更に少し行き、「乙川の大岡堤」を見ようと最初の交差点を左に曲がり乙川の川岸に出てみました。 残念ながら立札もなく、人にも会わず、何処が?どれが?「大岡堤」か確認できませんでした。 橋から見ると下写真の矢印あたりの様ですが分かりませんでした。

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 所で、ここ大平周辺から東の乙川・男川はゲンジボタルの生息地だそうです。 国道1号線と県道48号線の交差点の名は「ほたる橋南」となっています。 下写真(上写真の矢印位置付近の岸から対岸を見た)の様に満々と水をたたえた地域ですから、多くの支流・本流で蛍が見られるのかも。 残念ながら真冬の今は見る事が出来ません!
勿論、今では多くの開発等がある為、下の方々の様な保護活動があっての事でしょう。
  http://www.geocities.jp/yomogiu83/yomogiu_034.htm

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 又、この乙川の川岸を歩いていて気になったのが、川岸につながれている馬が数頭いました。 更に少し歩いた所で馬小屋を発見。 と言う事で近隣の方に伺った所、馬好きの方がおられて近隣のお祭り等の時に貸し出しているのだそうです。 馬についての歴史的な由来は無い様ですがのどかでいいですね。

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 更に、乙川の川岸から街中の道を少し歩き、1号線の「大平町北」の交差点を斜めに横切り、約300mで「岡崎大平郵便局」に出ます。 ここの路地を右側に100m入った所に「西大平藩陣屋跡」があります。
 「西大平藩陣屋跡」は、将軍徳川吉宗のはからいで江戸の名奉行「大岡忠相(ただすけ)」が初代藩主になった藩で、明治に入るまで大岡家が藩主を務めました。 明治の藩制廃止後には藩主を慕う旧藩士や領民が陣屋跡の保存や東京に住まわれていた旧藩主大岡家別邸として復活しました。
西大平藩についてはこちらを https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E8%97%A9

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内部には別邸跡などが保存されています。
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 で、街道沿いの郵便局迄戻り、200m程行くと立派な「大平の1里塚」がありました。

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 更に国道1号線に出て右側を歩き、1里塚から約500mで東名高速道の出入り口に。
出入り口のカードをくぐると景色が一変。 ビルの見える岡崎市の街中に入ってきました。

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 東名の出入り口から7・800mの所で1号線の広い道と分かれて右に入ります。

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 1号線から別れた後3・400m,5分位で 「岡崎宿 27曲がり」の始まり(?)のモニュメントと説明盤のある所に着きました。

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 で、右に曲がって2ブロック先「若宮町2丁目」の交差点が27曲がりの最初の曲がりにあたるのだろうか? モニュメントと説明版がありました。

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 この先、もう少し先まで歩いたのですが、中途半端になりますので次回岡崎市内の街道を歩いた時に続きをレポートします。

 その、次回は1月22日、岡崎公園の散策を含め岡崎市の籠田公園から歩き始め、2・3日かけて知立宿を目指します。 上半分真っ赤なコートに青のジーパン,黒いリュックで歩きますので気づきましたら気軽にお声がけしていただくとありがたいです。

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