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1984年型シルビア(US12)の部品 その2 [シルビア(US12)]

 
 私の乗っていたシルビア(US12)昭和59年型(1984年)を手放して6年。

 乗っていた時に色々改造したり、オーバーホールをしたりとあちこちいじったが、その時に購入した部品や取り外した部品が家の屋根裏に眠っていた。

 今回それらを整理し手放す事にした。

 その第一弾として、大物を前回のブログ(下記アドレス)で紹介した。
   http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-07-17


 で、今回は手放す部品の内、比較的小さな部品を紹介します。


 メーターです。
シルビアのRS用(ターボの付かないFJ20エンジン等)のメーターですが、ターボにも使用できます。
RSターボ用のメーターとの違いは黄色矢印の所が電圧計で、ターボ車は吸気圧計です。
尚、このメーターは、メーターのクリアー樹脂に傷(黄緑矢印の所)があります。 又、裏の中央部の照明のプリント配線部を切断してあります。 何故ここを切ったのかは忘れましたが、多分、私手製のサブメーターを付けるのに照明の改造が必要だった為と思います。

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 テールランプの左です。

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 コンビネーションスイッチです。
確かライトスイッチのレバーが白っぽくなり交換した物で、機能上は全く問題なかったと記憶している。

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 ワイパーブレードです。 日産純正で、市販品ではありません。 
尚、フロントの1本は写真の塗装の剥げた所が変形している。 キィーキィーは言わなかったと思う。
フロント用
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リアー用
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 リアー コーナー ウインドーのオープナー 未使用 1台分

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 コンソールボックスに付く小物 未使用
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 ドアーに付く小物 未使用

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 メーターフードの所に付くレンズ兼カバー 未使用です。
 メーターを外す為にはこの部品を一番先に外す事になるが、今メーターを外そうとすると樹脂が劣化している為、多分爪が割れて再使用不可になるかも。 メーター関係の作業時は事前に準備しておくのが良いですよ
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その他の内装等の小物

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ウインドーウオッシャーのタンク (名前が間違っていて正規はラジエーターのサブタンクです)

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あまりにも長くなってしまいますので今回もここ迄にします。

まだ他にメカ関係部品がありますので、次回 「その3」 で連載します。

 
 
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1984年型 シルビア (US12) の部品 [シルビア(US12)]

 
 私が乗っていたシルビア US12 は、昭和59年型 (1984年型)だった。

 乗っていれば31年物になる。

 しかし、6年前孫が生まれ、6人乗り以上の車が必要となり、シルビアを下取りに出してしまった。

 ジャガー Eタイプ のレストア完了がみえてきて、 「スポーツカーはジャガーだけでいいかな」 と思い、息子とアウディやBMWミニそして日産のエクストレイルを見に行った事があった。
この出来ごころが大失敗だった。
 この事が娘達に 「日産セレナの下取りはシルビア」 と決めつけられ、私の大敗でシルビアを手放す事になってしまったのだ。


 シルビア RSXターボ ( US12) のFJ20ターボエンジンは強力で、足回りとのバランスも良く自慢の車でした。

25年乗って、下取りに出した時の外観。  綺麗だった。
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 で、上写真のインストを作る為に多くの部品を購入し、従来付いていた部品は取り外し在庫となり、下取りに出した後も我が家に残ってしまった。

インストパット2点, (RSターボのオリジナル)

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メーターカバーとなるクラスターリッド, (RSターボのオリジナル)
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コンソールボックス (RSターボのオリジナルで未使用です。)
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ステアリング ホイール(ハンドル) (RSターボのオリジナル)
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 ドアートリム (RSターボのオリジナル)
ドアートリムは下写真の様に左右共にトリム上部が少し破けています。
左ドアー

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右ドアー
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キッキングプレート (車への入り口下部の部品で、多分1年位使ったと思う。 RSターボのオリジナルで、一見未使用に見える。)
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エアコン本体のケース(インスト内部の部品で、未使用です。 RSターボのオリジナル)
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 これらは必要な方にお譲りしたいと思っています。
ただ、無料とはいかず、少なくとも 25年強の倉庫代位はと思っています。

大きな部品は以上で、他に比較的小形の部品も多数あり、次回は小形の部品を幾つか掲載したい。
多くの方にとっては、こちらの部品の方が興味があるかも。



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東海道五十三次,島田宿から金谷宿 [ 東海道五十三次]

 
 先日、島田市のJR六合駅から歩き島田宿を通過し、金谷宿迄歩いてしまいました。

 で、前々回は 「大井川の渡し」 についてレポートしましたが、今回は大井川の渡し以外の部分についてのレポートです。
「大井川の渡しについて」は、 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-07-02


 JR六合駅から歩き始め、島田宿の本陣を通過した後昼食をどうするか迷いましたが、結局 「大井神社」でおでん等を食べて(お勧めできませんが)お茶を濁し、歩きを再開する事に。 

 大井神社は、大井川が乱流し、たび重なる災害に悩まされた地元の人々が御守護を祈るべく創建しました。 その後何度か場所を移した後、島田宿が東海道五十三次の要衝となった元禄初年現在の場所に祀られるようになったとの事。
 この神社の参道等に使われている大き目の五郎太石(ゴロタイシ)は、大井川の渡し人足達が仕事を無事に終えたお礼参りの時に川から持ち帰って積み上げたとの事。
又、「帯まつり」の銅像(写真左手中央)も設置されていました。
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 更に五分位歩いた所に大善寺がありました。 ここの鐘は天明四年(1784年)「時の鐘」として据え付けられましたが、明け六ツ(日の出時刻)と暮れ六ツ(日没時刻)時は 「大井川の渡し」 の始まりと終わりの合図にもなっていました。 しかし、昭和19年太平洋戦争で金属不足となり供出。 現在の鐘は昭和48年新しく造られた物だそうです。 戦争は絶対嫌ですね!!!

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橙矢印の鐘です。 非常によく手入れされたお庭でした。 
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 更に10分位歩くと 「島田市博物館」「大井川川越遺跡」の道路標識があり、左の博物館・遺跡方向に向うと、約7分位で前々回のブログ 「大井川川越遺跡」が始まります。
    http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-07-02
 で、川越え遺跡群の終点島田市博物館との境付近に下写真の 「堰跡」 がありました。 川が増水した時に下写真の溝に板をはめ込み、川の水が流れ込まない様にしたのでしょう。
 堰の遺跡が写真の様に残っていると言う事は、お茶屋さんのおばさんも言っておられましたが、この辺の道路や地形,海抜の高さ等は江戸時代からほとんど変わっていないと言う事でしょう。

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 堰跡をすぎると左手に 「朝顔の松公園」 があり、公園内には一本の松とお堂が立っています。
「朝顔の松」と言う悲恋の物語の松で、詳細は下記を参照願います。
http://members.jcom.home.ne.jp/michiko328/asagaonomatu.html

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 で、大井川の土手に出るとビックリ! 素敵な造りの 「島田市博物館」 がありました。 で、一応受付まで入りましたが、先を急ぐ為、チケットを購入して迄は入る事が出来ませんでした。

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 大井川の土手を上流に少し歩き、大井川橋を渡ります。
この橋は1026mあり、大正13年着工 昭和3年完成で、現在も建設当時の形を残しており2003年土木遺産とする事を決定、保存されています。

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さすがに1000mを越える直線は写真にするとこんなです。
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 長い ながァ~い 橋をゆっくりと渡り、更に5分強歩き、大井川の金谷側渡し場に到着です。
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 渡し場は島田側とほとんど同じ様です。
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 更に10分ほど歩き新金谷駅に到着。
 鉄道ファンでなくともご存じの 「SLの走る大井川鉄道」 の駅で、SLの始発駅です。 私は撮り鉄ファンでは無いのですが、乗り物好きの私は当然パチリ。

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 で、20分位かけて歩き、柏屋本陣跡に到着。
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 更に5分程でJR金谷駅のガード。
下写真の緑矢印の所に 「金谷宿の一里塚」。 そして橙色矢印のガードをくぐって、日坂宿に向います。

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 今回はここ迄。
 素敵な駅前広場の金谷駅で電車に乗り、島田駅前のビジネスホテルに泊まり、帰宅します。

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神奈川県平塚市の七夕 [ 旅行 神奈川県]

 
 7月4日、何十年振りかで平塚の七夕を見に行ってきました。

 小雨の降る中、ともかくすごい人出でした。

 駅を出て、人の流れに沿って歩き、プラザロードに出た所で右折し、湘南スターモールを駅に向かってゆっくりと見学させて頂きました。

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 途中、 ”焼きとうもろこし” を 食べたり、 ”焼きイカ” を食べたり。

 久しぶりに人ごみを味わいました。

 で、夜は平塚に縁のある方々との会食を楽しみました。


 所で、私のジャガー Eタイプのボディの下塗りはこの平塚で行いました。 もう9年も前の事です。
現代の塗装ラインで塗装しましたので、未だボディの錆は全くありません。


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東海道五十三次,島田宿から金谷宿 「大井川の渡し」について [ 東海道五十三次]

 
 先日、静岡県のJR六合駅から島田宿迄歩き、引き続き金谷宿をめざし歩きました。

 島田宿から金谷宿迄は距離は短いものの中心に大井川があり、昔の人達にとっては、
 ”” 箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川 ””
 と言われる程大井川の渡しは大変だった様です。

広重の 「大井川駿岸」(島田宿側の渡しの風景)
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 渡し場の街の再現風景 (道路幅は昔のままの幅だそうです。)
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 そんな事から、大井川の渡しについては時間をかけてゆっくり見学させて頂きました。

 大井川の川越えは、江戸時代初期(1601年頃)は比較的自由であったが、元禄9年(1696年)に川越賃銭を定め、川の両岸に1人づつ2人の川庄屋を任命,役所を置いて幕府監視の川越制度が確立した。 川越えをする為の人足の数も、川の両岸にそれぞれ350人と定められていたが,交通量が次第に増え幕末には約650人にも達しました。
 又、川の渡し範囲は旧東海道の道筋から上下26丁(2836m)と決められており、この範囲を超えて渡しをすると厳罰に処せられたようです。

 で、川会所と言う役所で川越えの渡しを管理していました。
 川会所には川庄屋のもと年行事・小頭・口取・待川越等の役人がいて、日々の川の深さによる渡しの賃銭を決め、公家・大名から庶民までの通行順序や荷物の渡し配分を等行い、更には規定範囲外の川越えをも監視していました。

 川会所
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川会所内部の川庄屋と年行事
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 で、川越えの方法は、
   肩車越し --- 1人の人足の肩に乗って渡る方法で、増水時は補助役1人が付いた。
   蓮台渡し --- 数種類あって一般的な1人乗り平蓮台は4人で担ぎ、2人乗りは6人で
               担いで渡った。
               他に半高欄蓮台,中高欄蓮台,最高級の大高欄蓮台などがあった。
   馬越し   --- 人や荷物を馬に乗せたまま川越人足が付き添って渡った。
               一般人には許されなかった。
   棒渡し   --- 細長い丸太の両端を侍の川越二人が持ち,それにつかまって渡る。
               無賃者等を渡す例外的な方法だった。

 当時の大井川の通常の深さは2尺5寸(76cm)だった。 しかし増水し、4尺(122cm)になると馬越えは禁止となり、更に増水し4尺5寸(脇通し,136cm)を越えると川留めとなった。

 尚、川を自力で勝手に渡る事は許されなかった。

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蓮台の種類
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 川渡しの賃銭は人足の数と川の深さで決めていました。
川を渡る時には、川会所で川札や台札(蓮台の札)を購入し、川を渡る時に川越人夫に札を渡す事で支払いました。 川越人夫は旅人から受け取った1日分の札を札場で清算しました。

で、川札1枚の値段は下の様に川の深さによって決められていました。
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札場  下写真の立て看板の右が窓口で、ここで川札を清算した様です。
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現在の費用に換算してみると、
 常水時(股通し)肩車で渡る場合は1440円で済んだが、帯下通し以上に増水した時は補助役が1人付く為 1560円の川札2枚必要で3120円以上に相当しました。
 又、1人乗り蓮台で川を渡る場合、担ぎ手4人分の川札と蓮台の台札(川札2枚分)が必要で、常水時(股通し)でも合計8640円もかかりました。

 江戸時代の旅人は大井川を勝手に渡る事が出来ず、しかも高額の渡し人足の費用が必要になった様です。  橋を歩いて渡る事が出来る今は本当に幸せです!!!


 で、大井川の渡し場の配置は下の様になっています。
川越人足は1番から10番の組に分けられ、1番宿から10番宿に待機していて、川会所は日々の交通量に合わせ各組の出番を指示しました。
又、川の渡し人足を引退した人たちが集う場所として、仲間の宿等もありました。

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1番宿から10番宿はほぼ同じ様な造りで、下写真は10番宿とその内部です。
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 で、幕末・明治維新の時には1200とも1300人とも言われた川越え人足は、明治3年5月川越え制度廃止に伴い失業しました。
 これを見かねて金谷宿の醤油屋3代目の仲田源蔵さんが私財を投じて援助しましたが限界があり、島田群役所や上京し政府に直訴し、一戸当たり10両と東西萩間村原の300ヘクタールの開墾許可を得て、明治4年6月金谷宿側の100人を率いて入植しました。 これが今の牧之原地区の大茶園の基礎となりました。

仲田源蔵さんの石像 (金谷宿側の大井川渡し場)
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牧之原地区の茶畑
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 大井川の渡しは、川の東岸(JR島田駅側)に昔の建物が多く残っており、上配置図の様に 「島田市博物館」 の隣りですので、下の博物館のページで行き方等を確認し、行ってみたら如何でしょうか?
https://www.city.shimada.shizuoka.jp/hakubutsukan/information/information.html



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