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静岡県の掛川宿から袋井宿を歩いてきました [ 東海道五十三次]

 先日、東海道五十三次の掛川宿から袋井宿を経て見附宿(磐田市)迄を歩いてきました。
 神奈川県在住の私にとっては朝早く家を出ても、現地着は10時を過ぎてしまうと共に交通費もかさむ様になり、最近では宿泊し2・3日連続で歩く様にしています。

 で、実は前回、掛川宿から袋井宿に向かって 「天竜浜名湖線の西掛川駅」 迄は歩いていたのですが、今回まとめて掛川宿から袋井宿迄をレポートします。

歌川広重の掛川宿 (ウィキぺディアより,「倉真川の大池橋」)
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 前回は朝ホテルを出て掛川城をゆっくり見学した後、袋井宿方向に歩き始めました。
掛川城の記事  http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-10-21

 お城から旧東海道に出た所(中町交差点)に純和風の「清水銀行」があり、銀行には 「両替」 との表示がありました。  今は銀行と言っていますが 「江戸時代風に言えば両替商」でしょうね。

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 清水銀行から5分位歩いた所で円満時があり、寺の入口に 「掛川城の蕗(ふき)の門」が設置されていました。 この門は廃城の後、明治5年に円満時が買い受けたのだそうです。

掛川城の 「蕗(ふき)の門」  降り棟の亀の瓦が素敵です。
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 更に10分弱歩くと 門柱に成田山と書かれた「東光寺」があり、ここの奥に 「平将門の19首塚」 があります。
 平将門は935年関東一円を占拠したが、朝廷からの将門討伐の指示で940年藤原秀郷らが滅ぼし、秀郷は将門と家臣の首19首を京に向けて持参、京から来た検視の勅使と掛川で会い、秀郷は首を洗い橋にかけ検視を受けた。  検視後、秀郷は十九の首を別々に埋葬し、懇ろに供養しました。
 ここの地名は、この19首塚があった事で 「十九首町」となり、首塚を町の守り神として春秋の彼岸と命日の8月15日に供養祭を続けているとの事。

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 平将門は、私の生れ故郷 下総の出身で、有史以来 「下総の人が天下取りを目指したたった一度の出来事」 で、もう少し勉強しないとと思いながら先に進む事に。

 十九首塚から15分程歩くと 「倉真川の大池橋」 に到着しました。
この橋は冒頭の広重の浮世絵 「掛川」 の場所との事。 又、秋葉街道との分かれ道でもあります。

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 で、この時は足にマメが出来疲れもたまっていたので、天竜浜名湖線の 西掛川駅から電車に乗り、掛川駅でJRに乗り換え帰宅。

 西掛川駅が何処か分りますか?
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 掛川駅は黒で統一され趣がありました。
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 先日3ヶ月ぶりに東海道を歩く事が出来、西掛川駅に。 ここで下写真を取る為に30分強道草を。
青の矢印がホームの待合所、緑矢印が1両編成の電車、黄色矢印は電車から降りた乗客です。
(12月の今回はこの写真を取る事が目標の1つでした。  あまりいい写真が取れなかったけどね。)
9月に青々としていた駅の木も12月には葉がほとんど落ちて!

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 西掛川駅から約15分歩くと 「連祐寺」 前の「大池一里塚跡」 に到着。
 更に15分程歩くと閉鎖された様な工場(?)に到着。 近くの方に伺った所 「㈱蘇我鶴」 と言う酒造会社で、酒造場は閉鎖し今は在庫のお酒を販売している様です???
蘇我鶴のホームページ http://www.shizuoka-sake.jp/report/west/haginokura_1.html

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 その後約15分程歩き、仲道寺に到着しました。
このお寺さん、東京と京都の真中に当たるそうです。 だだ、お寺さんの名前の由来は東海道の真中だからではなく、善光寺の境内(中に)に創建した事による様です。

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 仲道寺から約30分程歩くと富士浅間宮の鳥居です。 社はここから1km弱の所だそうです。

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 袋井市は随所に広重等の浮世絵を掲示していましたが、この赤鳥居の脇(上写真の右黄緑矢印)には下の様なユーモラスな絵が掲示されていました。
ミノを纏い弓を構えた案山子を 弓を構えた人と間違え、旅人が腰を抜かして「助けて!」と頼んでいます。
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 赤の鳥居から少し歩いた所で袋井東小学校に到着です。
この小学校は、東海道五十三次の27番目の宿場で真中にある事から 「東海道五十三次どまんなか東小学校」 と称しています。 で、この小学校の中に 「久津部一里塚」 もありました。

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久津部一里塚
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 更に歩くと 「新屋の秋葉山常夜燈」 があり、良く見ると建物の彫り物が素晴しく、しかも屋根の瓦には魚に乗った人らしき物や亀に乗った人等がありました。

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 東小学校から40分位歩き、市役所前に到着。
 市役所前の通りから右に曲がると 「これより袋井宿」 と書かれた石碑が立っていました。

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 そして斜め向かいには 「どまんなか茶屋」 が見え、
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 更に5分程歩くと 「袋井宿の東本陣跡」 に到着しました。
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 そして、更にちょっと歩くと 「袋井宿公園」、
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 更に5分弱歩くと 「高札場」 です。
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で、宇刈川の御幸橋(中川土橋)に到着し、袋井宿を完歩です。
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 袋井宿は、東海道五十三次の内の二十七番目の宿場で、宿場の数で真中の宿場になります。
又、距離においては、仲道寺によると仲道寺が距離的にちょうど真中(??)に当たるそうですが、何人かの方の宿場毎の距離を計算すると距離の真中は天竜川付近ではないかと思います。

 と言う事で、顎下癌の手術,治療による体力減退、その後の体力回復を確認するバロメーターとして始めた私の東海道五十三次、腰のヘルニアによる中断等もありましたが、6年かけてほぼ半分完歩となりました。

 最近は顎下癌の影響はほとんどありませんが、年齢による体力の減退は否めず、今は 「是が非でも京都迄」 とは思っていません。 毎回、「前回の旅行の続きをするだけ」 との思いで楽しんでおります。



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共通テーマ:旅行

ノバリケンが住みついてしまいました。 それもつがいで。 [野鳥・野生動物]

 最近、神奈川中部の引地川に招かざる客が居座り、私はご機嫌斜め。

 今年9月頃、川沿いを歩いていると、下の様に何時もの ”かも” と泳いでいる 「黒いアヒルの様な鳥」 を発見。

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 なぁ~んか好きになれない色だなァ~~~。 カラスよりもいやらしい色だ。
 顔の赤いのも気になる。
で、撮った写真を見ながらパソコンで検索。

 見つかった。
 中南米原産の外来種で、食用として飼われている物を 「バリケン」 と言い、そして、逃げ出して野生化した物を 「ノバリケン」と言う様です。 又、色は白と黒のまじりで、全身ほぼ白からほぼ黒まで色々で、どちらかと言うと野生化している物は黒っぽい様です。

 外観が好きになれない上、更にこの鳥、定住性がある様だ。
 と言う事はずーっとここにいると言う事か! 野生化したノバリケンは、全国に相当いるらしい。
  ウィキぺディアの情報 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%B3



 で先月初め見に行ってみると、 「??!! うっそー!」  増えている。 2羽になっている。

 よく見て見ると、大きさが違う。 以前からいた方が大きく、後から来た方が小さい。
で、再度調べてみると、雄が大きく雌は小柄な様で、どうやら 「ひとつがい」 になった様です。
更に、この鳥、一夫多妻で群れをつくるらしい。 と言う事は更に雌が来て増えるのだろうか?

 しかもいやらしい事に、先日は 「車で来て、餌をやる人」 まで現れた。 そりゃあないよなァ~!
どうしても餌をやりたいなら、自宅に連れ帰ってきちんと柵をして飼育して欲しい。

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今は餌がもらえるので 「国産のかも」 と共存しているが、将来は???
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 この川、捨てられた北米原産のアカミミガメ(夜店等のミドリガメ)も多く、更に中南米原産のノバリケンに占領されるのか??  更に更に黄色い花のアメリカ原産セイタカアワダチソウも生えている。
(人間の勝手で連れて来られ、飼い切れなくなったら捨てたり、きちんと柵を作らず逃げられたり。) 

この川の流域、戦後70年にして再度アメリカ大陸に占領されそう!!!


 
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桜並木の落ち葉清掃 と 桜の伐採計画は? [神奈川県中部地域情報]

 
 神奈川県中部の引地川沿いには1.3km強,約500本の桜並木があります。
この桜並木は約45年前に植えられた物で、今では直径1mを越える物も多数あり、ここ2・30年、春には花見客で賑わい、十数万人とも言われるお客さんが訪れてくれます。 

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こちらの方が花見の時期の桜並木を丁寧に紹介しております。
http://sanpo01.lolipop.jp/sanpo/2009/sakura/sakura68.html


 で、この地域のボランテア活動に 「桜を守る会」 と言う会があり、この会主催で春には桜の開花前に川を清掃をして綺麗な川沿いでゆっくり花見を楽しんで頂こうと。
   春の清掃活動の記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2014-03-11
 又、秋には桜並木の落ち葉清掃を行っており、先日、と言っても11月末の休日ですが、落ち葉清掃に参加して来ました。


 朝10時近くに集合し、役員による説明、そして清掃活動。 清掃終了後は恒例の 「焼きイモ」 と 「トン汁」 そして歓談し解散。 もう数十年実施している恒例行事、特記すべき事は無い程順調に清掃活動は進められていました。


 約6・70人が参加しての清掃活動前のミーティング

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 そして、清掃が終わった後には焼きイモとトン汁

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 この川、最近では大雨により、年に数回「氾濫注意水位」や「氾濫危険水位」に達する事があり、洪水対策として2016年~2021年にかけて川幅を広げる事になりました。
その為、直径1mを越える程に育った桜ですが、伐採する事になりました。

       残念ですが、やむおえません。

桜の太さを人と比較して下さい。 この太さの桜を伐採するんです。
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 尚、県や市の方々,その他多くの関係者の方々の努力と工夫で、川幅を広げた後に再度桜の苗木を植える事になりました。
とは言え、見ごたえのある桜並木になるには又数十年かかると思います。



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世界を驚愕させた横浜の眞葛焼, その変遷 [ 旅行 神奈川県]

 先日の日曜日、友人を誘って横浜の 「眞葛ミュージアム」 に行ってきました。

 「眞葛焼」 は、京都の陶磁器の焼きもの屋さん出身の 「宮川香山(1842~1916)」 が、明治4年 横浜の太田村(現在の横浜市南区庚台(かのえだい))に窯を設け、主に輸出用の陶磁器製作を始めました。

 香山の確かな技術で製作された眞葛焼が初めて海外の万博に登場したのは、1876年(明治9年)フィラデルフィア万国博覧会で、花瓶や香炉が展示され好評を博し装飾部門で銅碑を受賞しました。
 その後、世界各地の博覧会で次々と賞を受け、ヨーロッパのジャポニズムの一翼を担いました。
 更に香山は時代を読み取り、また新しい物への挑戦によりその作品は大きく変化しました。 結果ロイヤル・コペンハーゲンやエミール・ガレ等に少なからず影響を与えた。


重要文化財となった初代宮川香山の横浜眞葛焼、そして初代香山自身は明治29年帝室技芸員に!

左は前期の立体的彫刻を施した例                右は後期の釉下彩の例
東京国立博物館所蔵,近代工芸初の重要文化財       東京国立博物館所蔵,重要文化財
 褐釉蟹貼付台付鉢 (明治14年頃)                黄釉銹(錆)絵梅樹文(紋)大瓶
眞葛焼変遷 初期-0.jpg 眞葛焼変遷 後期-0.jpg




 初代宮川香山の横浜 眞葛焼の変遷

 宮川香山は、父 長造が運営する京都の焼き物の家に生れ、幼少の頃から骨董が好きで絵画や中国の焼き物等を学び、19歳の時に父と兄が亡くなり家業を継いだ。 で、


明治4年~8年頃の作

 明治4年に横浜の太田村(現在の京急南太田駅近く)に窯を設け、焼き物を初めたが、当初は販売業者の求めに応じ金彩で描く模様の陶磁器を作っていた。

磁製陰陽花瓶 一対
 (アメリカ カリフォルニア州で発見,今回眞葛焼ミュージアムでは見る事が出来なかった。)
眞葛焼変遷 初期-1.jpg



明治9年 ~ 14年頃

 身近な動物や植物を精緻な細工で表現する手法を考案した。 この立体的彫刻的な手法が明治14年頃迄、香山の初期眞葛焼の特徴となる。
 最初に記した様に、1876年(明治9年)フィラデルフィア万国博覧会で好評を博し装飾部門で銅碑を受賞。 これを契機に眞葛焼は人気が高まり、その多くが海外に輸出された。

葡萄鼠細工花瓶
 (立体的で鼠が今にも動き出しそう。 眞葛ミュージアムで 一対を見る事が出来た。)
眞葛焼変遷 初期-2.jpg 眞葛焼変遷 初期-2-1.jpg

花ニ鳥細工楽園花瓶
 (花が細かく立体的に貼り付けられ、私は何故か平成3年スペインで見たリヤドロの焼き物を思い出した。 眞葛焼は1881年頃,リヤドロは1955年創業で、眞葛焼の方がはるかに先輩だった。 本品は眞葛ミュージアムで見る事が出来た。)
眞葛焼変遷 初期-4.jpg 眞葛焼変遷 初期-4-1.jpg

下写真は眞葛ミュージアムで私が撮った写真です。
左は水辺ニ鳥細工花瓶      右写真の内、左は竹ニ蛙大花瓶,一番右は蛙ガ囃子細工花瓶
眞葛焼変遷 初期-6.jpg 眞葛焼変遷 初期-7.jpg



明治15年~20年頃

 二代目香山は後に 「外国人が、彫刻的な濃厚な作風に飽き、日本本来の清楚な物を好む様になってきた」 と語っており、初代香山は彫刻的な作風に達成感を感じて、中国清朝の磁器を研究し新しい釉薬や釉法を研究していました。

左は竜細工花瓶             右は磁質黄地透梅図鉢で、最初の重要文化財の
                        釉銹(錆)絵梅樹文(紋)大瓶につながったのでは?
眞葛焼変遷 中期-1.jpg 眞葛焼変遷 中期-2.jpg


明治20年頃~

 初代香山は、上記の研究の成果として様々な色彩の釉薬を開発し、陶器から磁器中心の製作へとうつり、「釉下彩」と言う技法を用いた作品へと大きな変容を遂げた。
 釉下彩の技法とは、釉薬の下つまり胎土(素焼き等をした陶磁器)に顔料で下絵を描き、その上から透明の釉薬をかけ焼き上げる方法です。
香山はこの技法により、透き通るような透明感のある淡い色の素晴しい作品を多数世に送り出した。

磁製緑釉菖蒲画花瓶          磁製緑釉蓮画花瓶        磁製緑釉飛竜大花瓶   
眞葛焼変遷 後期-1.jpg 眞葛焼変遷 後期-4.jpg 眞葛焼変遷 後期-6.jpg


磁製赤地桜紋小花瓶       青華菖蒲画花瓶
眞葛焼変遷 後期-3.jpg  眞葛焼変遷-1.jpg



 前回のブログでも触れた様に、眞葛窯では代々「野々村仁清(1647年頃)」や「尾形乾山(1699年頃)」の写しを作りその技法や製作の精神をも習得しようとしてきた。 初代宮川香山の父「眞葛長造」は仁清の写しを習得、京焼きの名工と言われていた。
 初代宮川香山もまた国内向けに「仁清・乾山の写し」を生涯製作し続けた。
写しとは、今で言うイミテーションや単に形を真似るのではなく、先人に学ぶとの考えで、その物を製作する過程で製作の技法や精神をも習得し、そこに独自の解釈や魅力をも加えつつ製作する物です。

以下は私が 眞葛ミュージアムで撮った 「仁清の写し」 の写真です。

仁清意双鳥香炉             仁清意布袋香合         仁清写鶏香合
仁清・乾山写し DSCN7955.jpg仁清・乾山写し DSCN7995.jpg仁清・乾山写し DSCN7997.jpg




 初代宮川香山が築いた横浜の 「眞葛焼」 の技術や精神等の伝統は2代目へ、そして3代目に受け継がれました。
 しかし、昭和20年5月29日、太平洋戦争による横浜大空襲の業火で3代目香山とその家族、従業員の命を奪い、眞葛焼きは幕を閉じました。


 今回はずらずらと多くの写真を添付いたしましたが、
 その変化の状況は下記のミュージアムで実物を見る事が出来ます。 

 眞葛ミュージアムのホームページ http://kozan-makuzu.com/
   眞葛焼ミュージアムは土・日曜日のみの開館。
   年末年始は休みがありますので上記ホームページで確認するか電話で確認を要す。
又、12月20・21日には眞葛焼ツアーがあるそうで、その詳細がミュージアム館長のブログに書かれています。
 眞葛ミュージアム館長のブログ   http://kozan.blog.so-net.ne.jp/
   12月20・21日の眞葛焼ツアー募集の詳細が書かれています。

12月13日現在、12月30・21日の「眞葛焼ツアー」は定員に達し申込み受付を終了しています。


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絶対お勧め、 横浜の 「眞葛焼ミュージアム」 [ 旅行 神奈川県]

   
 先日の日曜日、友人を誘って横浜の 「眞葛焼ミュージアム」 に行ってきました。

 「眞葛焼」 と言うのは、京都の陶磁器の焼きもの屋さん出身の 「宮川香山(天保13年(1842)~大正5年(1916))」 が、明治4年 横浜の大田村(現在の横浜市南区庚台(かのえだい))に窯を設け、主に輸出用の陶磁器製作を始めました。 これが横浜の 「眞葛焼」 の始まりです。


 横浜は「焼き物」を作ると言う伝統になく、材料の土や釉薬(ゆうやく)の入手には相当の苦労があった様で、関東一円を歩き伊豆天城の梨本と神奈川の秦野で陶土に適した土を発見。 
 香山の確かな技術で製作された焼き物は、世界各地の博覧会で次々と賞を受ける等好評を博し、各博覧会出品時は価格のいかんにかかわらず売り切れ続出だったそうです。


 又、眞葛焼ミュージアム開設に当っては、アメリカやヨーロッパで好評をはくしたとはいえ、香山の作品は 「輸出用」 だった為国内には資料も作品も少なく、ミュージアムの館長もまた、2010年10月10日の開館までには相当の苦労もあった様です。

 眞葛ミュージアムのホームページ http://kozan-makuzu.com/
   眞葛焼ミュージアムは土・日曜日のみの開館。
   年末年始は休みがありますので上記ホームページで確認するか電話で確認を要す。
 眞葛ミュージアム館長のブログ   http://kozan.blog.so-net.ne.jp/
   12月20・21日の眞葛焼ツアー募集の詳細が書かれています。



 で、私は朝早めに家を出て、横浜駅から横浜ベイクオーター迄歩き、小さなカフェでモーニングサービスを頂き、開発が進み日々変化していく横浜駅の海側を見ながら、

下地図のヨコハマポートサイド ロア参番館の 「眞葛ミュージアム」 を目指しました。





 到着です。 当日はガードマンが立っていましたが、普通の商店の様で見逃してしまいそう。

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 で、 横浜ヒストリックカーディに参加した時に頂いた入館チケットで中に入ると、右側に 「宮川香山の主な作品とその変遷」 を4点の作品と説明板で説明されていました。

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 更に進むと左側には 「仁清・乾山写し」 と言う小物が展示されていた。
この写しと言うのは、眞葛窯に代々引き継がれた 「先人に学ぶ手法」 の1つで、単に野々村仁清(1647年頃)や尾形乾山(1699年頃)の形を真似るのではなく、その精神までをも習得しようとの目的です。

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 そしてメインの展示室に入ると目を見張る 立体的,写実的な大型の作品群が中央に展示されており、圧倒されました。  展示方法も真っ暗な中に作品が輝き浮かぶ様な素晴しい物でした。

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 で、右の壁側には横浜 眞葛焼の比較的初期の物が、そして奥には写実的な作品の最盛期の物が展示されていました。 
壁面の展示には裏面も見える様にと鏡が設置されており、壁際でも裏側が鏡越しに見える様になっていました。  だだ、素人写真では表裏が映ってしまい、結果煩雑に映り上手く撮れませんでした。 素人写真では無理かも。
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 そして更に左の壁面と入口の壁面には、香山の後期作品と言える清楚で透明感のある作品が展示されていました。

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 宮川香山の作品は明治4年頃から15年の ”写実的で彫刻的な技法” による作品と、それ以降の ”清楚で淡白な透明感” のある作品に分れます。
 この前期と後期の作品が全く異なっており、本当に1人の人の作品だろうかと疑いたくなる程の大きな変化です。


 海外に輸出するにあったては、強いインパクトを持って打って出る必要があり、宮川香山の繊細な技を持って大胆に立体的で彫刻的な技法の下写真の様な作品は有効だったのでしょう。


 写実的,彫刻的な1例で、写真の様に鷹は羽毛一枚一枚彫り込まれており、鷹足元には捕まえた雀が、 そして熊の親子も彫り込まれています。
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 とは言え、私はどちらかと言うと後期の作品群の方が好みで、下写真の花瓶などは 「尾形光琳の橘」 を想像しましたが、本当に清楚で何より写真では充分に伝わらないと思いますが、透明感が素晴しく、この展示ブースを見いってしまいました。

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 で、眞葛ミュージアムを出る時に下写真の素晴しい写真集を入手致しました。
 ミュージアムでは素人の私には上手く写真が撮れませんでしたので、次回は下の写真集から主に 「横浜の眞葛焼変遷」を紹介したいと思います。
( 素人の私が考える変遷ですので公正さを欠き、私好みになってしまうだろうけど。)

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 私としては絶対お勧めのミュージアムです。
 横浜 、いや 神奈川県にお住まいの方は 「地元の名品」 として是非見て頂きたいと思います。




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BMWの希少車 と Eタイプのルーフ内張り [  Eタイプ の修理 (エンジン以外)]

 
 先日ガレージオリオールさんのバーベキュー会に参加した時、BMWの 「3200 CS」 と言う非常に珍しく貴重な車を見せて頂きました。

 
 BMWの 「3200 CS」 は1962年~1965年の3年間で600台の生産と非常に貴重な車です。
この車は1956年~1959年まで生産した BMW 503 の後継車と言う方もおりますが、1956年~1959年の間に252台しか生産されなかった BMW 507シリーズの後継と言ってもいいのかも。
そしてこの3200CSの後は1965年に2000CS、そして1968年に2.5~3.0CS へと発展していく BMWの高級クーペシリーズ車です。

ウィキペディアによる 「3200CS車」 のスペックは
 エンジン  V8 OHV 3168cc   駆動方式は フロントエンジン,リアードライブ
 車両寸法 4850X1760X1470mm   4人乗り

ウィキペディアの解説ページ
 BMW 503 https://ja.wikipedia.org/wiki/BMW%E3%83%BB503
 BMW 507 https://ja.wikipedia.org/wiki/BMW%E3%83%BB507
 3200CS  https://ja.wikipedia.org/wiki/BMW%E3%83%BB3200CS
 2000CS  https://ja.wikipedia.org/wiki/BMW%E3%83%BB2000C/2000CS

BMW 3200CS
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BMW 503
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BMW 507
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上2枚の写真はウィキペディアの上記ページからです。


 日本では以前からのドイツ車人気で、今やBMW はファミリーカーと化してしまっている中、3200CSは507シリーズと並ぶ非常に貴重な車です。
 ウィキペディアによると600台の生産と言われているが、今世界中で生き残っている車は何台なのだろうか? 本当に貴重な車を見させて頂きました。




 所で話題は変わりますが、私の ジャガー Eタイプについてですが、ガレージオリオールさんに出入りされておられる宮〇さんにルーフの内張りを貼って頂きました。

 実は車検を取ってこの4年、ルーフの内張りをせずに屋根は鉄板一枚で乗っておりました。
暑く晴れの時の暑さは大変な物で、鉄板焼きの下で車を運転している様な物でした。

 で今回オリオールさんに伺った時、内装屋さんの宮〇さんが来られており、少し前にルーフの内張りをして頂きました。
 結果、色はサンバイザーや他の革部分とおほとんど差が無く、貼り付けも綺麗に仕上がっており、充分に満足のいく物でした。 又、内張りが断熱材となり、ここ数ヶ月は天井からの暑さは感じなくなりました。


ルーフの内張り無しの状態。
blogDSCN1378.jpg

ルーフの内張り完了後
blogDSCN7922.jpg
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 ブログに書きたい事が突然多くなり、多少タイミングが悪い物も出てくるかもしれませんが、一つひとつ書いて行こうと思っております。
その様な訳で奈良の旅行記もまたまた一時中断です。




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