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伊豆市の 「だるま山高原レストラン」 と 修善寺 [ 旅行 東海]

 
 先日クラシックカー倶楽部の旧車を見た後、富士山が綺麗に見えるとの事で伊豆市の「だるま山高原レストラン」に行ってみました。


 旧車を見ていた時から天候は優れず、だるま山レストラン に到着した時には薄日がさしたりしたものの富士山までは見えませんでした。

 だるま山高原レストランを紹介されているページ
 http://koharubiyori87.blog.fc2.com/blog-entry-77.html

 緑矢印のあたりに富士山が見えるはずでしたが!
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 天候に恵まれなかったもののせっかく伊豆市に来たのだからと修善寺にも寄ってみました。
実は、修善寺近辺には何度もなんども来ましたが、修善寺に寄った記憶がなく、今回あらためて寄ってみました。

 修善寺の山門
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 所で、今回は熱海市上多賀でのミーティングでしたが、その道すがら熱海市内を通った所あちこちで早咲きの桜が咲いており、今頃は満開の木もあるのでは思います。

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熱海市とその近郊は4月初めまで桜が楽しめそうです。



 今回も明治の初めに横浜に創設された 宮川香山の 「眞葛焼」 を1つ紹介します。
尚、宮川香山 没後100年を記念してのベストセレクションは2月28日までだそうです。

眞葛焼を紹介した私のブログ記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-12-11
横浜駅近くの眞葛ミュージアム  http://kozan-makuzu.com/
眞葛ミュ-ジアム館長のブログ   http://kozan.blog.so-net.ne.jp/

水辺ニ鳥細工花瓶
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共通テーマ:自動車

クラシックカー倶楽部のニューイヤーミーティング [クラシックカーショー]

 先日、クラシックカー 倶楽部のニューイヤーミーティングを見学して来ました。

 参加車両は30台位, ちょっとしたクラシックカーショーです。
皆さん、個性のある車を前に車談義に花が咲いていました。

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で、今回気になった車はこれと、

セドリック 130ワゴン  1967年頃の車です。
セドリック 130 のエンジンは前期型がJ20型OHV直6, 1973cc と H20型OHV直4, 1982cc が主体で、全長 4680mm 幅1690mm 高さ1455mm, 重量 6気筒車最高級モデルで1290kg でした。
写真のセドリック ワゴンはH20型 4気筒エンジン車です。

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この車です。

オースチンヒーレー スプライト 1960年頃の車です。
ヘッドランプが何とも言えないは位置で、イギリスでは 「カエル目」、アメリカでは「カメムシ目」、日本では 「カニ目」 と呼ばれています。
エンジンは948cc, 全長 3490mm,幅1349mm,高さ1260mm 重量602kg と本当にライトウエイトなスポーツカーです。

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異次元とも思えるこの違い。 クラシックカー ショーだから見られる世界かも。


セドリック130ワゴンの室内です。 広々としたベンチシートタイプです。

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オースチンヒーレー スプライトの室内です。
「これぞライトウエイトのスポーツカー」 と言う室内です。
こんな車でオープンにして伊豆スカイラインを走ったら爽快でしょうね! ちょっと いやだいぶ寒いか。

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 真冬にもかかわらずオープンでしか乗れない様な車もあり、皆さん寒さもなんのその自分の車や倶楽部仲間の車について熱く語っておられました。

 「で、お前の車は?!」 と言う声が聞こえて来た様な???
未だエンジンが ”ふて寝中” です。
車のふて寝と私の根気、どちらが勝つのでしょうかね!!!



 所で久しぶりに横浜が世界に誇る 「眞葛焼」 を1点紹介します。
眞葛焼は明治の初め、横浜南区(京急南太田駅近く)に宮川香山が起こした窯で焼かれた陶磁器で、主に輸出様として製作されました。

眞葛焼を紹介した私のブログ記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-12-11
横浜駅近くの眞葛ミュージアム  http://kozan-makuzu.com/

蛙ガ囃子細工花瓶、               カエルが細いツルの上で楽しげに囃子ています。
眞葛焼変遷 初期-3.jpg 眞葛焼変遷 初期-3-1.jpg


 
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共通テーマ:自動車

引地川にやってきた、小鷺, ユリカモメ, 川鵜に エ~~とこれは 分りません [野鳥・野生動物]

 先日引地川に行ってみて 「ビックリ!」。


 まずは黒い水鳥、 定住されてしまうのだろうと諦めていた 「ノバリケン」 はいなくなっていた。

 上流,下流の各 300m位を見てまわったが見つかりません。
 で、散歩中の方に伺った所、12月の大雨以降見当たらないとの事。
 この引地川、大雨になると水深 1mを越え、流れも急流となります。 ノバリケンは下流に流されたのか? それとも大雨による水かさを考え定住には不向きと判断し、飛んで行ったのか?
  ノバリケンの記事  http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21

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 代りに来たと言うわけではないでしょうが、下写真の様に白い大きな鳥の群れが来ていました。
 約20羽位の小鷺の群れです。
 さすがにこれだけの群れですときれいとか言っていられない気分になります。 川の水が綺麗になり沢がにが見つかる程になり、あちこちで見られる様になった小魚の群れが食べ尽くされはしないかと心配になります。

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 しかもよく見ると、ユリカモメも混じっており、少し下流側には10羽位のユリカモメの群れも。
 なんとなく 「集まりましたねェ~」 とますます感心するやら不安にも! 小魚は大丈夫?

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 しかも、しかも、小鷺がちょっと騒がしく鳴いている所を良く見て見ると、黒い川鵜が!
鵜は一匹でしたが、小鷺の足元にもぐって魚を取っています。
鳥の群れとは10m以上離れていいたので、良く見えませんでしたが、20cm位の魚を咥えている時もありました。 奥の矢印の先が川鵜、手前の矢印がユリカモメです。

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川鵜は小生意気な顔つきですが、憎めない顔つきでもあります。
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 更には電柱の上からこれ等をじっと見ている一匹の鳥。
セグロカモメの様にも見えますがどうだろうか?

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 ということで、正月の引地川の中流域は白い大きな鳥に翻弄されていましたが、1月15日には既に姿を消し、静かな川に戻っている様です。 
また、小魚の群れも以前と変わりなく泳いでいましたので、被害は少なかったようです。



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共通テーマ:地域

静岡県磐田市の 見附宿 [ 東海道五十三次]

 昨年末、東海道五十三次の掛川宿から袋井宿を経て見附宿(磐田市)迄を歩いてきました。
で、前回、見附宿の東木戸に入った所迄レポートしましたが、今回は見附宿をレポートします。



 前日は暗い中での磐田駅到着でしたので、ホテルを出てあらためて駅前広場を見学。
空色の屋根の磐田駅は 「遠江国分寺をイメージして建てられた」 そうです。
又、駅前広場の大きな楠木は善導寺の木だそうで、樹齢は推定700年, 目通り周囲8.2m, 高さ28m,県指定天然記念物だそうです。
 善導寺は1371年旭光房が開いた念仏道場が始まりで、昭和42年この辺りの再開発により善導寺は郊外に移転し、楠木だけが残されたのだそうです。

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 磐田駅からバスに乗り、旧見附学校迄行き、前日タクシーを拾った地点まで戻ってから再度歩き始めました。 見附宿は見所が多い所で、この日は1日かけてでも見附宿を見学するつもりでした。


 最初に見学した所は 「大見寺」
 このお寺さんは江戸時代中期、日本で最初に空を飛んだ岡山出身の「鳥人・幸吉」の墓があると言うことでしたが、残念ながらお墓を見つける事は出来ませんでした。
 玄妙寺の前の「いこい茶屋」で東海道の案内をされている方に伺った所、寺の奥の方にお墓あり、表示もされているとの事。 又、本堂には幸吉が飛んだと言われるグライダーの様な物の模型が展示されているとの事でしたが、残念ながらこれも見ることができなかった。

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 静岡銀行の前に「問屋場跡」の表示があり、更に少し歩くと本陣跡に到着。
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 本陣跡の奥には磐田市のシンボルとも言うべき 「旧見附学校」 があります。
 旧見附学校は明治8年に設立した小学校で、現存する日本最古の小学校だそうです。
基礎には遠州横須賀城の石垣を使い、間口12間,奥行き5間の洋風2階建てに屋上2層を完成。 明治16年に2階天井裏を改築し、写真の3階2層になったそうです。
 明治14年の生徒数は男300名,女182名 就学率は66%だそうで、大正11年迄小学校として使われ、その後中学校,裁縫学校,教員養成所,病院等を経て現在は学校関係の資料を展示公開しています。 昭和44年に国指定史跡となり、見学は無料です。

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昔の授業風景を再現しています。
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竹トンボ等昔の遊び道具も展示しています。
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 玄妙寺前の 「いこい茶屋」 と言う休息所と言うか観光案内所の様な所で地元の方とお話しをしながらお茶を頂きゆっくり休息。
 で、更に真直ぐ行くと一見T字路風の所に突き当ります。 ここが、江戸時代多くの女性が浜名湖の関所を避ける為に浜名湖の北側を回った 「姫街道」 の入口です。
姫街道を入った所には立派な倉もありました。

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 ここを直角に曲がり、少し行くと 「西光寺」 です。
 西光寺のホームページhttp://www.saikouji.pw/

西光寺の表門は家康が中泉村に立てた中泉御殿の表門を移築したと言われている薬医門があり、

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更に奥に入ると、鐘つき堂の下をくぐって本堂に入ります。
私としては鐘つき堂をくぐって本堂に入るのは生れてはじめての経験です。 黄緑矢印が鐘です。

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 で、境内を見学していると、大きな楠木とナギの木の下で若い2人ずれの女性が何やら印刷した紙を見ながら話をしていました。 声をかけてみると、この楠木の所が 「縁結びのパワースポット」だそうです。 で私も必要かどうか分りませんが、女性に教えてもらった方法で願かけを!
ふと思い出したのですが、熱海の伊豆山神社の(頼朝と正子)縁結びの御神木も 「ナギの木」 でした。

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 で、次は、今回どうしても行ってみたかった 「遠江国分寺跡」 です。
 「遠江国分寺跡」 は今は芝生の広場になっていますが、1250年前の奈良時代、聖武天皇の命により日本国内60数ヶ所に立てられた寺院で、僧寺と尼寺が一対となって建てられました。
(全国の国分寺とか国府台とかの地名は、この国分寺や国府にちなんでつけられた地名と思われます。  磐田市の市役所付近も国府台という地名です。)

 大正時代に史跡の指定を受け、昭和26年に発掘調査し、金堂や塔等の位置や規模が明らかになり、昭和27年特別史跡(国宝と同格)の指定を受け、昭和43~45年にかけ遺構の保護整備が行われ、往時の建物の基壇等が復元されました。 又近年、東西180m,南北253mの築垣が張り巡らされていた事も分りました。
国分寺の紹介ページ http://www.city.iwata.shizuoka.jp/midokoro/bunkazai/bun09.php

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主だった施設跡には下の様な掲示板が立っていました。
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CG復元図です。 7重の塔,廻廊や金堂等相当大きなものだった様です。
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 磐田駅前通りを挟んで「遠江国分寺跡」の向いは 「府八幡宮」 です。
「府八幡宮」 は奈良時代に桜井王が遠江国司として赴任してきた時に、国府の守護として建てられたと伝えられているそうです。 現在の主だった建物は1600~1800年頃に立てられた物だそうです。
 府八幡宮のホームページ http://www.fu-hachimangu.jp/

駅前通りからの入口
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楼門  1635年に建立されたとの記録があり、昨年大規模な保存修復されました。
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 確か本堂脇だったと思いますが、下写真の様な掲示板が立っていました。
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随分前に還暦を迎えた私としては、当然お参りに行きました。
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 今回、磐田市では東海道五十三次の道筋にある史跡だけを見学しましたが、この他に裸祭りで有名な見附天神や数ヶ所に古墳跡等があり、サッカーのジュビロ磐田,五郎丸のいるラグビーのヤマハ発動機ジュビロもここが本拠地です。
もし時間があればもう一度磐田市のあちこちに行ってみたい所です。



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静岡県の 袋井宿 から 見附宿(磐田市) を歩いてきました [ 東海道五十三次]

 昨年末、東海道五十三次の掛川宿から袋井宿を経て見附宿(磐田市)迄を歩いてきました。

 で、前回、掛川宿から袋井宿迄を書きましたが、今回は袋井宿から見附宿迄をレポートします。
見附宿は磐田市で、その名前の由来は色々ある様です。
 1つは、京から江戸に下って来た時、最初に富士山を見つける事が出来る場所と言う事で見附け。
 他には、「水付き」の意味に由来。 古代、「磐田市の今之浦」が湾になっていて、海水が入って来て
      おり、「入り海海付」の地であった事にちなむといわれている。



 歌川広重の袋井宿は、今の 「どまん中茶屋」 の所にあった茶屋です。
(広重の五十三次 見附宿は天竜川の渡しであり、次回掲載予定です。)

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で、歩いたルートは、 (地図をクリックすると大きく見られます。)
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 見附宿に向けて歩き始めるにあたって、袋井宿の高札場で現代の札(黄緑の矢印)をみて見ると、
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高札場の説明 と 袋井宿の土塁の説明でした。
説明ではここに升形があったとの事で「西の木戸」と言え、スタート地点としてはぴったりだった。

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 高札場の宇刈川の御幸橋(中川土橋)を後に見附宿に向かって歩き始めて約10分、袋井市の「どまん中西小学校」が。

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 更に15分強歩いて木原の一里塚に到着です。

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木原村の家並の絵図は鮮明で、多くの家が描かれており、れっきとした村だった様です。
(私の子供の頃の 田舎よりは家数が多い様に思います。)

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 約100m位行くと「許禰神社(こねじんじゃ)」があり、境内には古戦場 木原畷(きはらなわて)と書かれた石碑がありました。 木原畷は武田信玄と徳川家康が戦った三方ヶ原の前哨戦ともいうべき戦いのあった場所だそうです。
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 許禰神社から15分、磐田市に入ってから5分強の所で右に50m程入って、須賀神社の大楠を見に寄ってみました。   樹高 15m, 幹回り 9.5m, 樹齢 推定500年 だそうです。
 少し前にも大きな楠木を見た事あったなァ~ と思いちょっと振り返ってみました。
その木は 藤枝市水守17番地の何と同名の須賀神社で、藤枝市の方が大きかった。 
 その時の記事は http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2015-05-26

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 須賀神社から20分、フォルックスワーゲンのクラシックカーを取り扱っているお店を横に見ながら、大日堂古戦場に向っての坂を登り始めました。
 最初 「鎌倉時代の古道」 を横目に見ながら進むと 「明治の道」 の石碑があり、「私はどの道を進めばいいの?」と迷い始めました。 しかし、私が歩いていた道は舗装されて綺麗な道だったので 「迷子になる事は無い」 と思いながら進むと 「江戸の古道」 と言う石碑がありました。

 勿論江戸の古道を行きます。 これがすごい急坂でしたが登りきった所に掲示板があり、その説明によると、「大日堂に上がる道 三ヶ野坂は交通の要衝で、現代迄に7通りの道がある」 そうでした。

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急坂の江戸の道、と言っても舗装されており歩きやすかった。 昔は石畳だったろう。
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 大日堂の古戦場とは、今川氏の支配下だったが今川氏滅亡後は徳川家康が治めていた。 武田信玄が上洛の為、遠江に進出し木原に陣をしいた。 徳川陣営は迎えうって三ヶ野,見附宿,一言坂と戦った。
この大日堂の高台は徳川方の「本田平八郎物見の松」があった所と伝えられているそうです。

大日堂から袋井方向を見ると素晴しい展望で、敵方を見るには最適と思われた。
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 大日堂から約20分、下写真の坂は 「行人坂」 と言われ、ここには山伏が多く住んでいて、村の祭り等の社会奉仕をしていたとの事。 

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 行人坂を登り切り、国道一号線の歩道橋を渡ると、歩道橋のたもとに 「遠州鈴ヶ森」 がありました。
この藪に登ってみると幾つかの石碑の中に無縁仏の碑もあり手を合わせて、藪を下りました。
(無縁仏でここ迄藪に囲まれてしまった所は初めて。 もう少し手入れは出来ない物だろうか?)
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 鈴ヶ森から住宅街を15分程歩くと「見附宿の東木戸」,「愛宕神社」そして「阿多古山の一里塚」が一ヶ所に集まった所に出ました。 そこは現代の磐田市 中心街への東木戸の様でもありました。

見附宿東木戸跡と愛宕神社,一里塚の塚は見当たらなかった。
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 そしてここには見附宿の地図も掲示されていました。 (地図をクリックすると大きく表示されます。)
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 ここで、5時少し前。
 カメラののシャッター速度も ”カシャッ!” とはいかなくなってきた。 私の足も ”サッサッ サッサッ” とはいかなくなり、ゆっくり歩きながらタクシーを探し、ホテルのある磐田駅前へ。

駅前広場に着いた時は既に ”ライトニング” の世界でした。
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 磐田市の見附宿はタイムアウトで、翌日持ち越しとなりました。
 ブログも、旧見附学校,遠江国分寺跡や府八幡宮等見附宿の見所は次回に持ち越す事にします。

 

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