So-net無料ブログ作成
検索選択
フェアレディ(SRL311) ブログトップ
前の15件 | -

日産の初代フェアレデーはアメリカ向け1960年型 SPL212 だった [フェアレディ(SRL311)]

 
 先日、日産自動車の座間工場にある 「日産の歴史的な車」 の展示場を見る事が出来ました。


 私はその時まで初代 フェアレディ (FAIRLADY) はSP310・SR311シリーズ とばかり思っていた。 下写真がSP310

blogP9141255.jpg


 所が、初代フェアレデー (FAIRLADY) は、SP210シリーズの 下写真の様な 左ハンドル スポーツカー SPL212, SPL213 だった。

blogDSCN2512.jpg

 元々は右ハンドル車のダットサンスポーツ 1000(SP211) として1957年11月に試作車が発表され、1958年10月のモーターショーに出品。 20台製作されたと言われている。
このダットサンスポーツのボディはFRP製,4座シートでした。 エンジンは 988ccだった。


 1960年1月に上記ダットサンスポーツをマイナーチエンジして、北米向けに左ハンドル車を発売した。 しかも名前を フェアレデー1200  (FAIRLADY 1200 ) と改名していた。 私は、この左ハンドル車もダットサンスポーツとばかり思っていた。
(フェアレデーの名は ミュージカル 「マイ・フェアレディ」 から頂いた名。)

 この北米向けフェアレデーのボディはFRP製からスチール製に変更され、エンジンも1189ccにした事で45馬力、最高速度は132km/hとなった。

SPL213のリアービュー
blogDSCN2513.jpg

SPL213の室内 フォーシーターの為リアーシートもあった。
blogDSCN2514.jpg


 で、お気づきでしょうか?
 SPL212,SPL213はフェアレデー,SP310シリーズはフェアレディと書いたのが。
日産は ”FAIRLADY” を SPL212・213 の時はフェアレデーと表記し、SP310シリーズからはフェアレディと表記する様になりました。



 ちなみにSP310シリーズの国内向け車はフェアレディと言いましたが、輸出用 左ハンドル車 SPL310,SPL311,SRL311は、DATSUN SPORTS (ダットサンスポーツ) と言う名前でした。
 なんかややこしい。 この頃日産は、北米で知名度を上げるにはどんな名前がいいか悩んでいたのでしょうかね。
 私がアメリカで乗っていたSRL311車のエンブレムや修理マニュアルにも DATSUN SPORTS と書かれていました。

blogP3160770.jpg
bblog03.jpg
blog45_edited-2.jpg

修理マニュアルは下記ページを参照願います。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2006-11-16



にほんブログ村 車ブログ 名車・クラシックカーへ
名車・クラシックカーのブログランキング 

にほんブログ村 車ブログ 車 レストアへ
E タイプはレストア完了。 しかしまだまだ改良をしますので、上のいずれかの写真をクリックし、引き続き応援をお願いします。


nice!(19)  コメント(5) 
共通テーマ:自動車

車載用 革製自作ツールバック [フェアレディ(SRL311)]

 10数年前フェアレディ(SRL311)をレストアする為に購入しましたが、車載用ツールが付いていませんでした。

 そこで、7・8年前にフェアレディのレストアがほぼ完成し日常の使用では問題が無くなった所で、内装用に購入した残りの皮を使って、ツールバックを作って見ました。

 目指したバックの形状は、皮カバーの付いた分厚い本の様な形でした。
しかし、今見てみると、長くトランクに放置していた事もあり、型崩れし単なる疲れきったバックです。

 フェアレディのボルトやナットはインチネジの部分とメートルネジの部分が入り混じっていますので、スパナはほぼ2倍必要となり、ツールバックも大きくなります。
本の表紙に当たる部分に軟質プラスチックの厚い板で補強しておくべきだったと思っています。

P4130035.JPG

blogP4130036.jpg

blogP4130038.jpg


 で、今回ツールバックを久しぶりにシルビアから出して、写真を撮っていると大変な事に気付きました。

 それは、上写真の様にフェアレディのジャッキハンドルが入っていました。
2年前、群馬の方に車を引き渡した時にツールはどこまで渡したか、今となっては記憶は定かではありません。 ジャッキハンドルは貴重なものであり、多分完全なジャッキセットを持っておられる方は少ないのでは。 と思い、さっそく群馬の方にEメールで宅配便で送る事を連絡しました。

blog48.jpg

blogP3160777.jpg


 ツールバックの記事を書くきっかけは、くっさんのツールボックスの記事でした。
ジャッキハンドルを私が持っていたら、私が不完全なSRL311を作った事になってしまいます。
くっさん に感謝です。 


 最近、全くと言っていいほどジャガー Eタイプの記事を書いていませんが、下写真の様にトランクルームの作業をしており、もう少ししたら書ける物が出来るかと思います。

blogP4170012.jpg



にほんブログ村 車ブログ 名車・クラシックカーへ
にほんブログ村




nice!(15)  コメント(13) 
共通テーマ:自動車

箱入り娘になったフェアレディ SRL311 (新オーナーからの便り) [フェアレディ(SRL311)]

 毎日1・2回Eメールを見る様にしていますが、5月27日 ”本当にうれしい便り”が届いていました。

 11年間乗っていた フェアレディ SRL311 ローウインドー車の新オーナーからの便りです。

 我が家では屋根があるだけのガレージでしたが、新オーナーのもとでは写真の様な立派な、洒落た、ガレージにおさまって、大事にされております。 まるで桐の箱に入った ”箱入り娘” の様な感じです。 ありがたい事です。 ライバルのS8と並んで!!!

 しかも、嬉しい事に外観は全く変わっていません。
 (このフロントビュー、1997年にアメリカ日産の宣伝で、盛んに使われた写真と同じ仕様です。)

 フォグランプは、アメリカ シンシナティでのベンツのクラシックカーショーを見に行った時、ピカピカの190SLオーナーが、”このフォグ、190SL発売当時純正オプションで、×××社製、もう見つからない。 欲しいなー”と言われた物。
(このフォグは確かガラスに”F”のマークがあり、そっくりな物は売られているが、オリジナルはない様です。)

NISSANの広告とは関係ありませんが、 グリルの ”D”のマーク、オリジナルは黒ですが少し目だつ様にと赤のペイントを何十回も重ね塗りし、色ずけした物です。

blog2008-5-28 SRL311.jpg

 新オーナーは群馬県で、高地の山岳地帯を走りますので、エンジンの調整、私の時から摩耗していたミッションの整備、ブレーキの強化等に11ヶ月もかけたとの事。 素人の私には ”マァーいいか”のレベルもプロの目では全く問題外の様です。 



 参考に私が持っていた頃の室内とエンジンルームの写真を添付します。

エンジンルームです。
blogP1010541.jpg

室内です。
blog69.jpg



今回の花はアマリリスです。
長い間大きな木の下に植えていましたが日の当たる所に植替え3年、株も3株に増え、花房も3本出て咲きました。
P5241117.JPG

nice!(16)  コメント(11) 
共通テーマ:自動車

ジョージア州では フェアレディ(SRL311)に 材木バンバー [フェアレディ(SRL311)]

 久しぶりにSRL311 1967型の記事です。
と言うのは、アメリカから帰国後3年半みつからなかった写真がやっと見つかったので。
なんと2002年2月のナイヤガラの写真に紛れ込んでいました。 2月のナイヤガラの滝は別途レポートします。

 見つかった写真は4枚。 11年前の今頃の写真だと言う偶然です。
 比較の為、最近の写真も掲載します。 まさに before and after です。

SRL311を購入の為、現車を見にアメリカ ジョージア州に行った時の写真です。
場所は、読者のいとおさんの近く、アトランタの東30マイル位の Covington です。

まずはサイドビュー 1996年11月, アメリカ製のハードトップ(1968型以降用)が付いていました。


今年3月に富士に行った時の写真

続いてリアービュー 1996年11月,
後方に移っているおじいさんがオーナーだった方の父親です。 この方の南部なまりは凄く、シンシナティ生まれの米人にも良く理解できなかったそうです。 いとおさん南部なまりに苦労していませんか?


昨年12月の写真です。

最後にフロントビューです  1996年11月,
もったいぶって最後にフロントビューを出しましたが、分りましたか?
そう、フロントバンパーが材木なんです。
木材と書くには程遠い 2by4工法の材木を切っただけの物が付いていました。
(写真のフロントバンパーと写ってはいませんがフードはガレージから出して、車と込みで引取った物です。)



昨年12月の写真です。


nice!(17)  コメント(17) 
共通テーマ:自動車

フェアレディ 用部品の処分 [フェアレディ(SRL311)]

 久しぶりのフェアレディ(SRL311)の日記です。
 3月にSRL311を手放しましたが、購入者は車の修理が出来ないとの事で、簡単に修理出来る部品やその内必要となる消耗品と電気のリレー等を無償で提供しました。

 更に、レストア中に取外した部品をアメリカから持ち帰り、保管していました。 貴重な部品が多く、 ”部品が入手出来ず、レストア出来ないで困っている方がいるはず” ”数少ない純正部品を「必要なくなったから捨てる」では旧車ファンの風上にもおけない” との思いで何とか生かしたいと思っていました。 その為に、ヤフーのオークション販売の準備も完了しました。
 
 所が先日、ジャガーのエンジンの機械加工をお願いしていた方に「SRの部品が一杯残ってしまった。」と話した所、彼から「引取るよ。部品のリストと値段を決めて下さい。」 と予想だにしなかった答え。
 私は大助かり。 しかも先方がお金を払うと言う事は彼が販売するにしても、”捨てるのではなく市場で生きる”可能性が高いと判断、先日一括引き渡しました。 私の付けた金額は破格値だったと思う。

シルビア S12に部品を積み込みました。
リアーシートを外しても、後ろはSRの部品で一杯。 助手席にも積み、残るスペースは運転席のみ。

今回どうしても手放す事の出来なかった部品が2つ。

ホーンボタン : アメリカ,カルフォルニアの部品商にコンビネーション ランプスイッチを探してもらった
   時に、約半年後「中古だが入手困難だろうから」と送ってくれた部品です。 1967型以前用です。
   勿論、譲渡した車にはこれと同じ物を付けて引き渡しました。

鹿の角を加工したシフトノブ : アメリカ人はハンティングも大好きで、会社の友人がしとめた鹿の角を
   頂き、私がシフトノブに加工したものです。 車に取付けて見た物の何と無く違和感があり、自然
   保護の時代にそぐわないと思い外しました。
   鹿の種類はホワイト テールで、最近ではこんな大きな鹿の角はめったに取れないとの事。

 (アメリカのハンティングは毎年入猟料を州に払い、州毎に定められた頭数を捕獲出来ます。 各州は
  野生動物の生息状況や農家等の被害状況等を調べ、毎年捕獲頭数を定めています。 約6年前
  当時ケンタッキーの鹿は1人1頭だったと思います。 オハイオ州では鹿が繁殖しすぎ、ある年2頭+
  小鹿1頭にした所、今度は減少しすぎ、翌年は州外の人は入猟禁止になったとの事でした。)

と言う事で、私のSRL311は貴重な思い出と写真と2つの部品のみとなりました。 これだけあれば充分です。 
 


nice!(12)  コメント(11) 
共通テーマ:自動車

フェアレディ(SRL311)のラストラン [フェアレディ(SRL311)]

 3月17日に群馬の方にフェアレディを引き渡しましたが、14日、山中湖にラストランをして来ました。
天気予報では14日が最後の冬晴れの様だったので、早朝出かけ午前11時には帰宅。
 緊張しました。 もう1度 ”緊張しました”。 もし事故でも起こすたら ”期待して待っている群馬の方に申し訳が立たない”との思いで。 少し緊張がほぐれた時には御殿場インターに到着。 山中湖に着き、千葉県のZの方とお話しをしていてやっと落ち着きました。

 天候 快晴!!!   ””日頃の行いが良かった”” と自画自賛。
千葉の登山家の Z とツーショット。 この方は富士を見る為、朝四時に千葉を出発したとの事。
神様は、1番古いフェアレディと1番新しいフェアレディを、千葉県生まれの私に用意してくれた。 感謝。

車が日陰だったとは気付かなかった! 緊張がほぐれたと思っていたが、まだ残っていたのだろう。

少し雲が出てきましたが、適度な雲。 富士の裾野はすっごく広い! 空は青い! 湖も真っ青!
  来て良かったア-----  


カメラが傾いたのではありません。 一瞬地球が傾いたのです。 ---これ言い訳

南アルプスの方迄見えました。 

千葉の登山家の Z は先に到着していました。

お気付きになりました。 私の車とZの周りに他の車が駐車していない事に。 写真を撮っていた私達に、皆さん譲ってくれたんです。 譲ってくださった皆さん有難うございます。


nice!(9)  コメント(14) 
共通テーマ:自動車

娘(フェアレディ)が嫁ぎました [フェアレディ(SRL311)]

 今日、3月17日 フェアレディは嫁入り先の群馬に向かって出発しました。
 BPさんの紹介もあり、フェアレディは埼玉県の ガレージタムラさんで点検し、群馬に向かいます。

 今朝の積み出しには、日頃朝寝坊の下の娘も6時前に起き、家族で記念写真を撮りました。
 又、隣の主人もこられ、”貴重な車だから”とバチバチ写真を撮り、一緒に記念写真も撮りました。
更には販売を決めた時に、向いの陶芸家の主人が記念だからと、添付の様な絵までプレゼントして頂き、本当に注目されていた車だったと改めて実感いたしました。
 私もこの位注目されると良いんですが、なぜか影と髪の毛が薄くて。

隣の主人も加わって記念写真。

向いの主人が記念に書いてくれた絵です。
開運なんでも鑑定団では、本人から手渡しで貰っても ”うーん 本物ですね”と言うのでしょう。

そして  アーアー 荷台が地面から離れそう。

アーーー トラックが動き出しちゃった。 さようなら。  嫁入り先に可愛がって貰ってね!!!

SRは富士山へのラストランも出来たし、未練は無しにしよう。 午後にはEタイプのBody塗装完了の確認もしたし。


nice!(7)  コメント(10) 
共通テーマ:自動車

娘(フェアレディ)が御見合い [フェアレディ(SRL311)]

 昨日、私の大事な娘(フェアレディ)が御見合いをしました。 群馬県の方で、娘を大変気に入って頂いて、エンスーの杜さんの紹介記事だけで購入すると言っておられた様です。
しかし、娘(フェアレディ)が嫁入りしてから ”こんなはずではなかった、 性格の不一致で離婚” と言う事では困るので、娘を見てから決めて欲しいと私が依頼し、実現した御見合いです。

 おかげさまで、その日の内に ”結納”まで済ましてしまいました。 もうどんなに可愛くても後戻りできません。

 御見合いをした娘はケロッとしたもので、車庫で布団(ボディカバー)を頭までかぶり、寝ています。
群馬の方には申し訳ございませんが、嫁が入りする前にもう一度だけ富士山に旅行したいと思っています。





nice!(10)  コメント(15) 
共通テーマ:自動車

一大決心 : フェアレディを売りに出す  [フェアレディ(SRL311)]

 フェアレディ(SRL311)は1996年12月8日に購入し、ちょうど10年になります。
 長期単身赴任の場合、休日をどう過すかが非常に大事で、趣味が無いと土曜・日曜をひとり悶々と過し、滅入って早期帰国と言う事になります。 しかし私にはSRL311のレストアと言う大事業があり、土・日はレストアやクラシックカー ショーへの参加で忙しく、孤独や寂しさを感じる暇がありませんでした。
 又、レストアする過程で多くのアメリカ人と友達になり、休日にはアメリカ人宅を訪問したりと、アメリカ人の飾り気の無い生の生活を見ることも出来ました。

    しかし、帰国し既に2年半を過ぎ、ジャガーのレストアも本格的に始まり、これに専念すべく、
  私のアメリカ生活の全ての様な車ですが、今回、手放す事としました。

 販売方法は”エンスーの杜”という会社のホームページに掲載し、購入したい方がおられたら、この会社に連絡を取っていただく方法です。
 私にとっては残念ですが、老体に鞭打って、ジャガーのレストアと言う無謀な挑戦を絶対に成功させたいのでやむ終えない選択でした。
 興味のある方は、下記のホームページを見てください。
 http://enthuno-mori.at-server.com/nissan/20061220nissan/

 尚、アメリカでのレストア日記はもう少し続けますので、興味のある方は引き続きブログの閲覧をお願いします。 勿論、ジャガーのレストア状況は続けます。


日本への出荷直前の記念写真

富士をバックに


nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア その8(その後のグレードアップメンテ) [フェアレディ(SRL311)]

 エンジンをレストアした事で、ほぼレストアは完了しました。

 従って、2000年初めからは全く問題なく走行し、故障も無く、オハイオ州のミッド オハイオ レーシング コースやジョージア州のロード アトランタ レーシング コース等 約500~600Kmの所にノンストップ・無給油で走る事が出来ました。 燃費も問題なし(燃費はエンジン コンディションのバロメーターと思っています。)
 
  グレードアップのメンテナンスとしては、
 1.日本で使う事を考え、ファイナルギアー比を37対10から35対9に変更、低速型とし、 ニス
   モのノン スリップ デフを組み込みました。
 2.ソレックスキャブを取付け、カムシャフトもソレックス用の吸排気ゾーンの広い物に変更。
 3.エンジン ルーム内のブレーキ チューブは、市販の定尺物を購入し、私自身がパイプ ベンダ
   ーで曲げ、エンジン ルーム内の見てくれ向上(?)を図りました。
   (アメリカでは日本のオートバックスの様な所で、長さ20インチや40インチ等の真直ぐな定尺
   のブレーキ チューブや燃料ホースを販売しています。)
 4.カーペットは、住宅用を専門店で購入し、室内とトランク ルーム用に私自身が裁断、再度専門
   店で縁を縫ってもらい、取り付けました。 当初、自動車用でない為、色あせ等を心配しまし
たが、約5年たっても全く問題ありません。
 5.コニーのアジャスタブル ショックアブソーバーを前後輪取付け。
 6.ラジオを撤去し、サブメーターとして、電圧計とエンジン油圧計を取付け。 (油圧計はオリジナ
   ルでも付いているがより細かくと思って。---無駄だったかな?)


フロアー カーペットとコンソールにサブメーター取付け


エンジン後部とボディの間の3本のパイプがブレーキ チューブ


トランク ルームのカーペット, 発売当初のオリジナル ジャッキも健在 (なんと切削加工の台形ネジのネジ棒が付いている。)


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア その7(エンジン) [フェアレディ(SRL311)]

 SRL311のエンジンは元々アトランタから引取る時に十分に機能しており、ボディレストア時はエンジンをボディ色と同じに塗装したのみで、レストアに取り掛かったのは1999年8月からです。

  エンジンを全て分解してみましたが特別な異常は無く、消耗品的な下記の部品を交換し、エンジンの再調整をしました。

 特筆すべき事は2点
 1点目は、私の”あわてものの誤り”で、ヘッドを割ってしまい、ただただ呆然とした事です。
 ある資料に”バルブ交換時はバルブガイドも交換の事と”と言う注意書きがあり、これをうのみにし、ガイド用の専用工具を作り、新しいガイドをただただ叩き込み。 結果、4本目のガイド挿入中にヘッドが割れました。 ”補修用のガイド挿入時はヘッド本体のリーマがけが必要”を忘れていた。  ガイドの磨耗はほとんど無く、馬鹿だった!!! 貴重なオリジナルをまたしても廃却。
 ヘッドは日本とアメリカの日産に無く、例の”ヘミング”に載っている部品商に次々と電話、5か6社目に見つかり、1200ドルで購入。 おかげでバルブシートも無鉛ガソリン用の新品になりましたが。

 2点目は、車にエンジンを載せ、2000年1月1日午後11時45分に、エンジンを再始動。
夜中に、ガレージ内で爆音をたててエンジンが回り始めたので、当然周囲の人は迷惑だったと思います。 しかし、棟続きの大家が飛んできて、”コングラチュレーション(おめでとう)”!!!
シャンペンを持って来てくれ、ミレニアムの元旦でもあり、明方までお祝いをしてくれました。

 これがアメリカだ!!!!  今でもこの時のシャンパンの栓は記念品として持っています。

 新品に交換した主な部品は、ヘッドアッセンブリー,ピストンリング,クランクとコンロッドのメタル,カム用スプロケット・チエン・バルブ・バルブスプリングの全て,オイルシール・ガスケットの全て,クランクプーリー。
 又同時にクラッチカバー,クラッチデスク,レリーズベアリング,ドローアルレバーとダストカバー,
ミッションのシール・ガスケット全て,スピードメーターピニオンも交換しました。


レストア完了後のエンジン (プラグコードは半年後ぐらいに交換)

レストア後2001年キャブをソレックスに交換 (写真は2003年インディアナポリス スピードウエイにて)


nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア その6(内装) [フェアレディ(SRL311)]

 ボディのレストアが完成する迄の間に内装のレストアを1998年頃約1年かけて行いました。 購入時の内装は非常に痛んでおり、その痛み具合は下写真のシートの表皮からも想像できるかと思います。 フェアレディ SRL311は全て手縫いで本皮仕様に改装致しました。

完成したフロント側内装 シートベルトは昭和42年8月の表示あり。洗濯し再使用

 材料の皮は”その1”で記したヘミングから探し ”Bill Hirsch”と言う会社から生産打ち切りに伴う特売品 牛3頭分を$530で購入。 現在も変質せず良い品質で、安い買い物でした。
 日本に帰国後ジャガー用に皮を購入、個人向けに輸出してくれましたので、必要な方は下記のサイトにアクセスしてみたらいかがですか。 アメリカの会社なので英語です。
   http://www.hirschauto.com/

 皮の縫い方は全くの自己流ですが、添付イラストの様に縫い、縫い目のデザインはオリジナルにこだわらず、私の好みとしました。

 シートは、オリジナルのフレームとクッションを使用し、表皮は好みのデザインとし、それに合せウレタンを若干追加した。
左の写真が完成したシート(中央部にルーズを付けた) 右の写真が車購入時のシート表皮

 ドアートリムは、裏のベースを紙パルプを樹脂で固めたボードとし、裁断、その上にウレタンと縫い上げた皮を貼りました。

 インストは、アメリカ製の複製品(メーターフード部分が約2Cm多く張り出している)を購入し、その上に3mmウレタンと縫い上げた皮を貼り、又、メーターパネル部のオリジナルは結晶塗装ですが、皮を貼りました。 その結果メーターやスイッチ類のボディアースが取れず、アース線を追加。
 コンソールボックスは、ラジオ部分をつぶし、サブメーターを2個追加。 又、リット部分にウレタンを追加しボリューム感を持たせカードポケットを追加。

 その他リアーのラッゲージスペースやリアーサイドトリム等内装は全て皮とし、又、ハンドルやサイドブレーキも皮巻きとした。
 


nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア その5(サスペンション) [フェアレディ(SRL311)]

 1996年12月からレストアを初めて、ボディのレストアに2年以上かかった為、この間に私がサスペンションのレストアを行いました。
 サスペンションは走行中 ”私の命を支えてくれる部品” の為、念入りに点検オーバーホールを実施しました。

 この車は、新車の時に下回りに防錆ワックスをかけたと思われ、油を含んだ赤土で部品を覆っており、厚い所では約1cmも!! 洗剤代わりにシンナーを使いブラシがけによる清掃。 はねた泥で顔も作業衣も汚れ放題。 アトランタ周辺は日本の赤土とは違って本当の赤に近く、質も細かい砂のような感じで、ワックスで固めると大変頑固な物でした。 でも頑張った。

 結果なんと新車の組立て時に書いたアクスルユニットの識別記号やネジの締付け確認マーク等が当時のまま現れ、非常に良い状態で、うれしくなり1人でニヤニヤしていました。
 とは言ってもゴム類の劣化は免れず、又作動部分の磨耗も考えられ、入手出来た純正部品は新品に交換、入手出来なかった部品も部品取りのSPL311車の部品と比較し、良い方の部品を使い、オーバーホールを行いました。

 部品は帰国した時に日産の部品販売会社で部品表を見ながらリストアップし、購入。 日本に在庫の無い物はアメリカで例のヘミングを頼りに電話やE-Mailで問い合わせし、入手。
ヘミングについては 11月3日のブログ アメリカでのレストア その1 を参照してください。

 又、修理マニュアルは日本語では発行されていませんが、英語版は多分日産から発行され、それをアメリカの本屋さんがコピー印刷し、販売されています。 下段のスキャン参照。 旧オーナーから貰ったこの本をもとに、辞書を片手にもう一方の手にスパナ という感じでした。 
 (実は私、 うん十年前は自動車のサスペンションの技術屋でした。 ですからマニュアルを見なくても出来たと思うが、より正確さをきす為に昔の記憶と照らし合わせながら、昔の仕事仲間を思い出し懐かしさを含め、異国の地で、作業をしたわけです。)

 交換した部品等は機会があれば、別に書きたいと思います。

 と言うわけで、今はアメリカでレストアをしていた当時の苦労やお世話になった人々の事やその時の風景を思い出しながら、 ”レストア天国 アメリカ” をブログに書いています。

 次回は ”八王子のいちょう祭りのクラシック カー パレード” について書きます。
今年は11月19日に行われます。 又、青梅のクラシック カー パレードは11月18日です。



アメリカではこの様な旧車のマニュアルが多数、日本のオートバックスの様な部品屋や本屋で販売されている。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア物語 その4(ボディ) [フェアレディ(SRL311)]

 1996年12月からレストアを初め1999年2月に完成。 当初、米人の同僚は4・5ヶ月で完成と言っていたが、働きながらの作業と彼の腰の古傷が悪化し入院等で予想外の長期になってしまった。

 主なボディのレストは以下の通り
 
左右フェンダーの錆と追突跡
 新品を購入し取り付ける事とした。 過去の追突修理でフロント全体の形状が変化している事も考えられ、新品フェンダーに合せ板金修正し、正規形状に戻した。 しかし、フードリッジの最先端はしわが残った。 プロの板金屋だとしわ取り又はしわ部分の鉄板張替えをすると思う。

 フードの交換
 フードは追突跡や錆があり、旧オーナーから入手した無傷の右ハンドル用を改造し使用した。
オリジナルのフードは日本に持ち帰り現在もストック中ですが、今見ると十分使用可能で、交換は不要だったと思う。 改造した右ハンドル用もオリジナルも共に非常に貴重な67年型の部品だった。 これがレストアビギナーの判断の誤りか!!!

 助手席とトランクルームのフロアーの錆と穴あき
 サンドブラストで錆取り、穴をグラスファイバーで修正、その上(室内側)に補強板を貼りつけた。 

 リアーの追突跡
 テールランプ部を後ろに伸ばし、修正。 この部分は全く追突跡が残らず、リアーパネルの曲面もよく、非常によく出来たと思う。

 ボディ側面の凹凸修正
 パテで小さな凹凸は修正されたが、光をあてると波うちが見える。 特に右側はガレージの扉が常に閉まった状態の為、光による影が見えにくく十分に修正されていない。もっと丁寧にして欲しかった。

 ボディペイント
 アメリカのPPGからオリジナル色のシルバーを入手し塗装。 ペイント缶に付いていたカラーの配合表は最下段のスキャンデーター参照。
 1回目の塗装では、カラー色を塗装した後クリアーを早く塗りすぎた為カラーとクリアーが混じりまだらになり、しかも大きな蚊(3~5cm位)が10匹以上付着、再塗装となった。 フードに完全な形の蚊が一匹付いており、記念に残す様に依頼したが削り取られてしまった。 残念! 残念!

次回はサスペンション


レストアをした米人の同僚と下塗りのフェアレディ

ジーンズを着たのが私。 フレームとインストを外し隠れた部分も作業をする様に、彼の気分を害さず苦手な英語でどう表現し、依頼するか思案中。 勿論英語がつうじ成功

ペイント缶に貼ってあったカラーコード表


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

アメリカでのレストア物語 その3 [フェアレディ(SRL311)]

 11月5日に書いた様に登録上の問題があるとは知らず、友達のトラックで、1996年12月7日にジョージア州アトランタに出発。その日の内に旧オーナー宅を訪問、売買契約と支払いを済ませ、
ホテルに宿泊。
 
 12月8日予約しておいたトレーラーを引き取りにレンタ会社のU-ホールに行ったが、トレーラーはなく、”予約はなんだったのか” と前途多難を予感。 U-ホールが近隣のレンタカー会社にあたり、トレーラーを入手。 旧オーナー宅から車両を引き取り、米人の同僚宅に向かった。
 所が、この同僚は電話をかけても出ず、彼の家も見つからず、やむなく車を会社の駐車場に降ろし、トレーラーを返却帰宅。 予約や約束を次々に破られたさんざんの旅でした。
 翌々日、米人の同僚がトレーラーで車を自宅車庫に持ち込み、やっとレストア開始。

 長期に滞在した結果、アメリカではこの様な”約束を忘れる”事はたびたびで、これからアメリカに
滞在しようとする方は要注意、何度も約束の確認を取る事が必要です。

 レストア前のSRL311 1967年型の状況
ボディ : ペイントは劣化,錆で助手席とトランクのフロアーに穴あき,左右のフェンダー後部錆大
      フロントバンパーは木材をバンパーステェーにボルト締め (旧オーナーのスペアー
      バンパーを別に入手)  フロントとリアーは一見問題ない様だが多数回の追突後あり
内装 : インストパッド割れ,ドアートリムは極度なたるみ,その他のビニールレザー硬化
エンジン : スターテング フルード使用で始動,その他一見では問題なし。
ブレーキ他 : 旧オーナーの話では5年ぐらい走っていないので要オーバーホールとの事

 大まかには上記のような状況で、レストアベース車としては良好な車と思います。

レストアは作業は後日


nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:自動車
前の15件 | - フェアレディ(SRL311) ブログトップ