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伊勢国分寺跡の見学 [ 旅行 東海]

  
 1月26日に東海道五十三次の四日市宿から石薬師宿迄を歩いて来ました。 その時に旧東海道から少し寄り道をして「伊勢国分寺跡」を見学してきました。

 で、国道1号線の采女南(ウネメ ミナミ)交差点で旧東海道から外れ、県道8号線をJR河曲駅方向に曲がり、約650mで右折し路地を進み、350mで土を盛り上げ背の低い雑草の生えたただの広場の様な場所に出ます。 周りはたんぼで、ここが「伊勢国分寺跡」です。

 伊勢国分寺の住所は 三重県鈴鹿市国分町299, 



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 国分寺(こくぶんじ)は、奈良時代741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護の為、日本各地に国分僧寺と国分尼寺の建立を命じた寺院です。
 正式名称は、国分僧寺が「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」、国分尼寺が「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」

 伊勢国分寺も聖武天皇により建立された国分寺の一つで、伊勢国国分僧寺にあたる。 伊勢国分尼寺は東側の国分町集落の辺りにあったと推定されているが発見されてはいない。

ウイキペディアによる伊勢国分寺跡の説明では、
 180メートル四方で、築地塀で区画されており、主要伽藍として西寄りの南門・中門・金堂・講堂・僧坊が南から一直線に配されており、東大寺式伽藍配置と見られる。 寺域の東寄りでは、北東院・小院・掘立柱建物などが配されており、全国の国分寺でも珍しい例になる。 他方全国の国分寺に建てる事が規定されていたはずの塔(七重塔)や、鐘楼・経蔵は未だ見つかっていない。
 ウイキペディアのページ (https://ja.wikipedia.org/wiki/伊勢国分寺跡)


 伊勢国分寺は大正11年に国の史跡に指定され、昭和63年にも発掘調査、現在も史跡保存の為の整備が行われています。

史跡の記念碑等
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講堂跡
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講堂の説明
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金堂の説明,東西30.5m 南北21.9m 非常に大きかった様です!
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食堂跡
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 尚、国分寺は、静岡県磐田市の「遠江国分寺跡」も見学しており、その時の記事は下記。
    https://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2016-01-10



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