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東海道五十三次 庄野宿 から 亀山宿 その2 [ 東海道五十三次]

 
 先月石薬師宿から関宿迄を歩き、その内前々回のブログで「石薬師宿から庄野宿」を、前回のブログで「東海道五十三次 庄野宿 から 亀山宿 その1」で庄野宿から亀山宿に向かって井田川駅迄をレポートしました。
今回は井田川駅から亀山宿迄をレポートします。


 ホテルを出て、8時45分頃に井田川駅(下写真)に着き歩き始めました。
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 歩き始めてすぐ、最初の記念碑は「旧井田川小学校跡」でした。
 自分の出身校が無くなった方にとっては、その跡地に行かれた時の淋しさは相当な物だろうと思います! 尚、この記念碑は旧井田川小学校の校門の門柱だったそうです。
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 井田川駅前から旧井田川小学校前を通って道なりに約400mで国道1号線に出ます。 陸橋を渡り国道と直角方向の道を100m弱進み左折します。
 左折し道なりに真直ぐ進み椋川の橋を渡り、国道1号線の下をくぐり、更に道なりに進み左折した所から900mで和田の道標がありました。

 「和田の道標」は東海道から鈴鹿市の神戸,白子,若松方面に行く分岐に建てられた物で、亀山城下の若松港にいたる重要な分岐点でした。
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 和田の道標から道なり右カーブして行くとゆるやかな上り坂となり、小さな川を渡ると桜並木の急坂となります。 その坂の上り始めの右に「那智山 松寿院 石上寺」がありました。
 石上寺は延暦15年(796年)に新熊野三社(いまくまのさんしゃ)の神宮寺として開創されたという歴史のあるお寺で、鎌倉から室町時代の古文書が20通(21点)も残されているとの事。
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寺の最上部には鐘楼もありました。
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 石上寺を出て坂を上り約300m、江戸から104里の和田一里塚に出ました。
昭和59年迄は昔の一里塚の一部が残されていたそうですが、道路の拡張で現在の塚は塚の跡地の東側に模式復元したものだそうです。
 (所でこの塚の前は何時も車が止まっている様で、多くの方が「残念」とか「車が出るのを待って写真を」とか書いています。 私も塚に到着した時にちょうど軽自動車が来て止まってしまったので塚の裏で休息をしながら車の出るのを待って写真を撮りました。)
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 和田の一里塚から700m歩くとカメヤマ株式会社です。
 この会社は1927年に谷川兵三郎さんがローソクを作る「谷川蝋燭製造所」を立ち上げ、その後明かりは電灯に変わる中キャンドルの活用等多くのローソクに関する事業を開拓し、今は国内のシェア―60%をほこっているそうです。
 カメヤマローソクに関するページ
  https://www.nttcom.co.jp/comzine/no092/long_seller/index.html

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 カメヤマ㈱さんの西の端の向いに「能褒野神社二の鳥居」があり、木の案内板には「従是西亀山宿』と書かれており、ここからが亀山宿の様です。 又、「屋号」等の説明板がありましたが、どの説明板も字が消えかかっており読むのにちょっと苦労しました。
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 能褒野神社二の鳥居の一軒隣りには「露心庵跡」の説明板がありました。
天正12年(1584年)神戸正武か亀山城を急襲したが関万鉄斎が撃退。この合戦の時の死者を城下東端に2ヶ所の塚を築き葬ったとの事。 詳細は下写真を参照願います。
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 能褒野神社二の鳥居から300m亀山本町郵便局前の交差点に着き、左を見ると小さな公園がありそこには「巡見道」と言う看板が。 「巡見道」や下説明板の「巡見使」は初めて聞く言葉ですが、地方巡回視察(時代劇の水戸黄門の様な?)の様な事が江戸時代にも行われていたと言う事の様です。 
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 亀山本町郵便局から道なり700mで県道566号に突き当たります。
 ここが「江戸口門」で、下右の説明板によると相当大きな施設だった様で、当時の旅人がここに到着した時にはその大きさに驚き、曲輪内を通る時は緊張しただろうと想像します。
で、東海道は下写真の様に右折して、県道566号を亀山城方向に向かいます。
                        写真をクリックすると拡大します。
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 江戸口門から100mで東町交差点に出ました。 前回1月26~28日に来た時は大雪(下右写真)の翌日で「亀山大市」の日でした。
地元の方に伺った所「亀山大市の日には雪が降る」と言う特異日だそうです。
 前回1月27日に亀山城近辺を散策した時のblogは下記
  https://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2019-02-19
                        写真をクリックすると拡大します。
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 江戸口門から200mで、左側の「東町ふれあい広場(旧佐川邸跡)」前を通り、約400mで樋口本陣跡に着きます。 この頃から何となく雲行きが怪しくなりました。 雨??!!
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 樋口本陣から50m強、江ケ室交番前交差点を左に曲がり坂を下り、江ケ室交番前交差点から約400m、県道302号との交差点に出ます。
 この交差点の向こう側には小さな公園と石碑があり、旧東海道はこの公園脇の急坂を上って右折します。 又、右折して直ぐに左の旧家の玄関脇に「とんやば」の表札が。
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 右折して200m強、素晴らしい旧家と白壁の旧舘家がありました。
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 旧舘家から50m強で道なり右折して、更に70m進むと小さな公園の様な「亀山城 西ノ丸・外堀跡」に突当り、そこを左折して200m竜川(たつかわ)にかかる京口坂橋に出ます。 ここが歌川広重の浮世絵「亀山宿,「雪晴」です。
(1月27日、せっかく雪の後に亀山城周辺を歩いたので「ここ迄足を延ばせば良かった」と悔やまれてなりません。)

現在の「京口坂橋」               blogDSCN7769.jpg

歌川広重の「亀山宿,「雪晴」
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京口門跡には下の様な説明板がありました。写真をクリックすると拡大表示します。
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 京口門付近では霧雨が舞ったり、止んだりとはっきりしない天候で、「亀山駅に戻る」か「関宿迄進む」か悩みながらゆっくり歩き、結局「ここまで来て駅に戻るのは無駄」と関宿迄歩く事に。

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