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東海道53次,四日市宿から石薬師宿 その2 [ 東海道五十三次]

 
 ちょっと遅れてしまいましたが、先月の1月26日に東海道五十三次の内、四日市市の「あすなろう鉄道,赤堀駅」から「石薬師宿」迄を歩いて来ました。

 今回は「あすなろう鉄道の赤堀駅」を利用する為、新幹線で名古屋迄行き近鉄の名古屋駅から四日市駅へ。 昨年12月の東海道歩きでは鈴鹿山脈に雪が積もっていましたが、今回の天気予報は夕方鈴鹿山脈から亀山市付近に雪が降るとの事。 不安一杯の天候でした。

そして四日市駅に到着し「あすなろう鉄道」に乗り換え、
 (あすなろう鉄道については前回2月2日のブログを参照願います。)

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ひと駅で10時半頃に赤堀駅に到着。
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 赤堀駅を出て旧東海道を歩き始め、約500m,10分で「大宮神明社」に到着です。
 昔は現在の南高校のある岡山の麓まで海があって、その海辺に舟付明神があった。 舟付明神には天照大御神を伊勢に移す際倭姫命(やまとひめのみこと)が一時お留まりになったとの伝えもありる。 その舟付明神が四百年ほど前に炎上し、当時出来つつあった道路(東海道)にうつってきたのがこのお社です。

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 赤堀駅から1.1kmで「天白川」を渡り約100m、右手に両聖寺(りょうしょうじ)が。
両聖寺の前には四日市市の無形民俗文化財「つんつくおどり」についての説明がありました。

 踊りは、天白川の堤防を固める時に踊ったのが始まりとも、又、信長の武将滝川一益の母が実連寺境内に隠居所を作った時に地築唄に合わせ踊ったとも。
 2020年には発祥400年目を迎える踊りで、大勢の人が手をつなぎながら太鼓や笛に合わせて円陣を作って行く踊りで、現在は8月第2土・日曜に境内で催されるとの事。
ちなみに「つんつく」とは、地固め工事の様子を表しているとの事。

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 天白川から350m、右手に日永神社があり神社境内には東海道いち古い道標があります。
 
 この道標は、日永の追分の神宮遙拝鳥居の傍に立てられていた道標で、正面に「大神宮 いせおいわけ」右側面に「京」左側面に「山田」と記されており、裏面に「明暦二丙申(1656年)三月吉日」と刻まれています。
 追分の神宮遙拝鳥居が建立された時(安永3年,1774年)よりも約百二十年も前であり、東海道における最古の道標としても貴重なものです。
 嘉永2年(1849年)神宮遙拝鳥居の脇に現在の立派な道標が立てられ、この道標は近くの追分神明社の境内に移され、明治40年に追分神明社が日永神社に合祀され、道標も一緒にここに持って来られたものと推定される との事。 

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神社境内 黄緑矢印の先が東海道いち古い道標
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東海道いち古い伊勢追分の道標
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 日永神社から300m右手、民家と民家の境に日永一里塚の石碑が立っていました。
 ここは江戸日本橋から100番目の一里塚。 5m四方高さ2.5mの塚が両側に築かれ西側の塚には榎が植えられていたが明治2年に伐採され塚もなくなったとの事。 100番目と言う区切りの良い一里塚跡としては何とも淋しい限りです。

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 更に400m程歩くと「名残りの一本松」に到着。 この辺りは昔、松並木だった様ですが今はこの一本のみになってしまったとの事。 松の木も1人では淋しいだろうに!
下写真は京に向かっては逆光だったので、江戸方向に向かって撮ってみました。

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 「名残りの一本松」から約700m、古風な建物からハイキング姿をした多くの方々が出てこられたので覗いてみると「東海道日永郷土資料館」との事でした。
 多少疲れていたので中に入りゆっくり休み、 お茶もご馳走になりました。
 尚、日永の追分はまだまだ先と思っていましたが、資料館の方が「すぐそこだよ!」との事で外に出てみると遠目に鳥居(矢印先)の様な物が見えました。

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 で、歩く事200m、日永の追分に到着です。
ここは下写真の様に伊勢神宮方向(黄色矢印,伊勢街道)と 京方向(黄緑矢印,東海道)の分かれ道「追分」で、Y字型の中央の三角地帯は小さな公園の様になっていました。
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 三角地帯に立っている神宮遙拝鳥居は二の鳥居と言われています。
(ちなみに一の鳥居は桑名の揖斐川河原の「七里の渡し跡」公園の鳥居だそうです。)
 ここの鳥居は伊勢神宮式年遷宮に合わせ建て替えられ、現在の鳥居は伊雑宮(いざわのみや)の鳥居を平成28年10月に移設して建てられています。
 伊勢神宮 伊雑宮のページ : http://www.isejingu.or.jp/about/naiku/izawa.html
 尚、神宮遙拝鳥居の両脇には石碑があり、前に書いた日永神社の道標に変わる「立派な道標」は多分右の物だろうと思いますが調査不足で確たる事は?
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神宮遙拝鳥居等について下写真の石碑で説明がなされていました。
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 更に追分の中央には井戸もありました。
 この名水は、 昭和4年地元実業家稲垣末吉さんが、約500m西の丘陵地の麓 泊山(とまりやま)に別荘を建て井戸を掘った所とても良い水が湧き出した為、自費で配管を敷設し日永の追分まで引き、旅人達に提供したとの事。
又、この名水は水質検査が行われ、結果を下写真黄緑矢印の位置に貼られていました。
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 日永の追分をゆっくり見学。 追分を離れる12時半頃には又雪が舞い始め、雪が舞ったり晴れたり曇ったりと非常にあやしい天気が続きました。


 今回1月26日の東海道歩きをまとめ始めた所、どんどん長ったらしくなってしまい、ブログへの投稿も延びのびになってしまっています。 で、区切りの良い日永の追分でいったん区切り近々「その3」を投稿したいと思います。

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